<論説>「ムーサに仕える輩たち」と後期ローマ帝国 : 教養知識人と帝国・皇帝体制 (特集 : 学びのネットワーク)

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タイトル別名
  • <Articles>'Fellow Servants of the Muses' in the Later Roman Empire : Litterati and Empire (Special Issue : Networks of Learning)
  • 「ムーサに仕える輩たち」と後期ローマ帝国 : 教養知識人と帝国・皇帝体制
  • 「 ムーサ ニ ツカエル ハイタチ 」 ト コウキ ローマ テイコク : キョウヨウ チシキジン ト テイコク ・ コウテイ タイセイ
  • 'Fellow Servants of the Muses' in the Later Roman Empire : Litterati and Empire

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抄録

本稿は四世紀ローマ帝国における教養人のネットワークに焦点を当てることで、帝政後期の教養文化とローマ帝国との関連について論じる。四世紀のローマ帝国では、数多くの知識人が学業を修め帝国官僚として栄達を遂げるために帝国内を広範囲に移動していた。教養人は知人や後続のために互いに便宜を図り合っており、こうして形成された彼らの交流網は帝国規模に及ぶものだった。当時の教養が最も重んじたのは修辞学であり、修辞学の素養はエリートとしての人格陶冶に必須のものとみなされていたため、教養人と帝国官僚を同じ教養エリートとして統合する役割も果たしていた。一方、教養人は頌辞において、ローマ皇帝は過去の威信を現在に再現しローマの再生と永遠を約束する存在と繰り返し語っており、当時の教養文化には皇帝と帝国の存続を自明視するところがあったことがわかる。後期ローマの教養人たちは帝国の体制や理念と密接に結びついていたのである。

収録刊行物

  • 史林

    史林 101 (1), 9-43, 2018-01-31

    史学研究会 (京都大学大学院文学研究科内)

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