国境を越える家畜

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タイトル別名
  • How livestock across the border?
  • A case of cattle trade between India and Bangladesh borders.
  • インド・バングラデシュ国境における牛交易

抄録

<p>南アジアの祭礼には、ヒンドゥー教の秋の大祭やイスラーム教の犠牲祭など、供犠を伴うものがある。発表者は、ヒマラヤの家畜回廊と名付けて、チベットからネパール、インドを経て、バングラデシュに至る家畜交易を調査し、異宗教徒間の動物観をめぐる関係を調査している。発表では、コロナ禍前の2018年と2020年にインド・バングラデシュ国境で調査した事例を報告する。</p><p> バングラ側で、まず、統計資料を探した所、現地で入手できたのは貿易統計だけであった。家畜(牛)の数字は明らかに少ない。おそらく品種改良用に輸入されたものなどに限定されるものと思われる。また、国境の税務署を訪れた所、家畜については、人やトラックとは異なるポートを経由するとのことであった。教えられた場所にゆくと、昔はインドから牛が来ていたけど、今は来ていないと現地の元締めに言われ、国境警備隊に追い返された。そこで国境近くの家畜市を訪れ、話を聞いた。</p><p> 売り手たちが口にするのは、2015年にインドでモディ政権が誕生してからインド側の牛の輸出が厳しくなったとのことである。ヒンドゥー至上主義を打ち出すBJPのモディ政権は牛の福祉を訴えて、バングラデシュへの牛の輸出を制限しているのだという。バングラデシュ側も国内農民の保護のため、牛の輸入に制限をかけるようになったのだという。このため、近年ではインドの牛はほとんど入ってこないとこぼしていた。</p><p> また、バングラデシュ北西部の国境近くの家畜市では、今でも少しは牛がやってくる旨を聞き取ることが出来た。種類としては、インドの牛に加え、ネパールやブータンの牛も来るという。ここは国境に囲まれた場所で、「柵を抜けてくる」そうである。ただ、量は非常に少なくなっており、「われわれは国境が開くのを待っている」とのことだった。</p><p> これに対し、インドから牛が来なくても、困らない人たちもいる。もともと、農村の人々は、大柄なインド産の改良品種の牛よりも、国産牛を購入し、犠牲祭に用いる傾向がある。農村で牛を育てる農民は、2018年には国産牛が高く売れたと喜んでいた。また、皮革業者は、インド産の牛は粗悪品の代名詞と軽蔑していた。</p><p> 以上のように、バングラデシュ側では国産牛に対する価値が高く、インド産牛に対する評価が低い。インド産の改良品種の牛を購入するのは町や都市などの人たちであり、農村部の人々は国産牛の生産・流通・消費に関わることがわかった。ただ、ダッカはもとより国境近くの家畜市には、インド側から供給が途絶えた割には、インドやネパールのものらしき改良品種の牛もいた。</p><p> インド側では、シルグリ周辺の国境近くには牛がたくさん放牧されている風景が見られた。家畜市の商人は取材に対し、非常に敏感であった。おそらく牛は「柵を抜けて」バングラデシュ側に流通してゆくものと思われる。また、西ベンガル州では、モディ政権下でもイスラーム教徒向けの食堂では牛肉を出していたし、牛の屠殺や牛肉の販売も許可があれば出来るという。</p><p> ヒマラヤの家畜回廊では、インド側のヒンドゥーナショナリズムとバングラ側の国産ナショナリズムに阻まれつつも、水面下で交易が継続しているようである。</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390854717706805760
  • DOI
    10.14866/ajg.2022s.0_119
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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