ヤニス・クセナキス《Dmaathen》の分析 : 対比から統合へ向かうオーボエと打楽器の関係性

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タイトル別名
  • Analysis of Iannis Xenakis’ Dmaathen : The Relationship between Oboe and Percussion from Contrast to Integration
  • ヤニス ・ クセナキス 《 Dmaathen 》 ノ ブンセキ : タイヒ カラ トウゴウ エ ムカウ オーボエ ト ダガッキ ノ カンケイセイ

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抄録

本論文はヤニス・クセナキス(1922~2001)が作曲した、オーボエと打楽器の2重奏曲である《ドマーテン Dmaathen》(1976)の分析を主意としている。筆者はこれまでにクセナキスの5つの打楽器作品の分析を行い一定の評価を得たが、それは数多くあるクセナキス作品のうちの一端に過ぎない。クセナキス研究家のマキス・ソロモスによると、クセナキスの作り出す音響には“グリッサンドの音響”、“静的な音響”、“点の音響”の3種類があり、打楽器作品のほとんどの部分は、ポリフォニーを高度に発展させた“点の音響”に限定されている。打楽器は音の持続を能動的に行うことができず、そういった意味では“点の音響”を生み出すのに特化している。対するオーボエは、管楽器の中でも特に音を長く伸ばすことが可能で、伝統的なハーモニーの書法を成熟させた“静的な音響”を生み出すことができる楽器であり、《Dmaathen》においても特殊奏法を駆使したロングトーンが多用されている。このように対照的な性格を持つオーボエと打楽器を用いて、クセナキスはどのように作品を構成しているのかを探るために、本論文では作品全体を大きく3つのセクションに分けて分析を行った。その結果、セクションごとにオーボエと打楽器の関係性において、それぞれ特徴があることが分かった。セクションIでは打楽器は皮膜打楽器による2つのリズム組織に基づいた細かく動きのあるリズムを奏でる一方、オーボエは重音奏法などを駆使したロングトーンが大半を占めている。打楽器の音型を「点」と見立てるならば、オーボエの音型は「線」であり、両者は対照的な存在となっている。続くセクションIIでも「点」と「線」の関係性は維持されるが、部分的にオーボエと打楽器の融合が図られる。その融合には様々な手段が用いられ、それにより「点」と「線」の境界がしばしば曖昧なものとなるのである。そしてセクションIIIになると、両者を隔てていた境界はなくなり、打楽器とオーボエは同質の音型を奏でるようになる。同質の音型を演奏するため、セクションIIIになると打楽器は鍵盤打楽器が主体となる。打楽器奏者により同時に演奏されるシロマリンバとビブラフォン、それにオーボエを加えた3声部が同等に扱われ、様々なテクスチュアを織りなしてゆく。そして、曲の終盤ではオーボエと打楽器はユニゾンを演奏する。ユニゾンの現れはこの1か所のみである。以上のように、《Dmaathen》の作品全体を眺めると、オーボエと打楽器の「線」と「点」の対比から最終的なユニゾンに至るまで、両者が統合していく大きな流れがあることが分かる。《Dmaathen》では作品全体にわたり貫徹する主題やモチーフのようなものはなく、一見すると取り留めのない構成のように見えるが、両者の対比から統合までの流れが、この作品の大きな屋台骨となって全体を支えているのである。

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