⾧崎原爆モニュメントの集中と拡散

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  • Concentration and Diffusion of Atomic Bomb Monuments in Nagasaki

抄録

<p>長崎の原爆モニュメント群については,ガイドブックも出版されており,多数あることはよく知られている。本研究で対象とするもので県内に170 基あり,近年でも新たなモニュメントが建てられている。  しかし,これらモニュメント群を地理学的・空間論的にどう解釈するかは易しい問題ではない。本研究では,長崎の原爆モニュメントを,そのメッセージ(対象,伝えるべき内容)から,「地域」,「組織」,「全域」,「遺構・跡地」の4 類型に分けて考察する。この4 類型は,今井が阪神・淡路大震災モニュメントの対象を,「対面関係/非対面関係」,「生/死」の2 つの軸で4 つに分類したものを,地理学的・空間論的に改変したものである。すなわち,対面関係を「地域」(近隣の有縁・無縁の原爆死者・生者を対象),「組織」(学校,企業などの原爆死者・生者を対象),非対面関係を「全域」(あらゆる原爆死者・生者を対象,あるいは平和,反戦といった主張を表示),「遺構・跡地」(遺構・跡地であることを表示)に分け,生/死の軸は問わず,さらに主たるメッセージから4 類型のいずれかに分類できるものとした。本研究では,長崎原爆モニュメント群がいかなる地理学的・空間論的特性を有するかその一端を解明したい。  図1 は長崎市主要部の原爆モニュメント群を示したものである。ここからは,モニュメントが平和公園に集中していること(①)が明瞭であろう。モニュメントの特定の公園などへの集中はごく一般的であり,これらは「集積の利益」を求めた立地であるといえそうである。ただし,平和公園内の福田須磨子歌碑は相当な苦労の末に建立に至ったという。このように自発的に集中立地してきたさまは,Yoneyamaのいう「記憶景観の馴致」として理解できるのではないか。他所から平和公園内への移転は1 例のみ,また他所を記憶する碑でありながらここに新規建立した例も1 基のみである。しかし,注目できるのは,平和公園には特に「全域」碑が集中していることである。「全域」碑全62 基中44 基が平和公園に立地している。平和公園以外では「全域」碑は成立しないと考えられているかのような異常な集中であり,「封じ込めとよびたい。  また,平和公園への集中には場所のリスケーリングも働いている。元々ここは長崎のはずれで,平和祈念像の建設地を中心部に近い風頭山へ変更すべきとの議論が巻き起こったことがある。平和公園,あるいは浦上は,「全域」碑にふさわしい場所,長崎を代表しうる場所とはみなされていなかった。それが地位を向上させ,「封じ込め」るとすらみなしうるまでに至った。  一方,原爆モニュメントの拡散は3 つの点から注目したい。その一つは長崎中心部における立地(②)である。図1 からも読み取れるように,初期には非常に少なかったモニュメントが1960 年代から増加している。これは,原爆は長崎ではなく浦上に落とされたというような長崎と浦上を峻別する発想の終了と軌を一にしているといえよう。ただし,中心部は「組織」碑と仏教寺院内の「全域」碑が多いという特徴がある。  中心部では,上述の平和祈念像のほか平和女神像,仏舎利塔といった原爆に関連付けられたであろう「全域」碑の計画があったが実現しなかった。これは上述した浦上のリスケーリングの裏返しに他ならない。「全域」碑を中心部にもってくる必要がなくなったといえる。  拡散における注目点の2 つめは,長崎市に隣接する長与町・時津町における増加(③)である。行政や被爆者団体による「全域」碑も含め,それぞれの自治体で慰霊や平和祈念が完結するようになった。すなわち,領域の実態化というべき事態であり,その一環としてモニュメント(記念・顕彰行為)の域内完結が起こったといえる。  拡散における3 つ目の注目点として,遠方に移転したモニュメントの存在(④)があげられる。学校などの「組織」碑4基であり,これらは建立地点に大きな意味は与えられておらず移転が容易であるといえる。これは「組織」碑の特性といえよう。  モニュメントには,出来事の起こった場所ではなく,記憶する主体に隣接する例があり,これが「組織」碑である。一方,上述の「全域」碑は平和,反戦といった伝えるべき「特性」に特徴がある。ともに,被爆という出来事に直接関わる領域を大きく超えて拡大しうるモニュメントである。モニュメントと場所の多様な関係がここには現れている。  以上,長崎における原爆モニュメントの集中(①)と拡散(②~④)について,「記憶景観の馴致」(①),リスケーリング(①,②),領域の実態化(③),多様な(メトニミーに基づく)モニュメントと場所の関係(④,②)が現れることを指摘した。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390856594643556992
  • DOI
    10.14866/ajg.2022a.0_126
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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