Belle II実験による新物理探索の初期結果

DOI
  • 中村 克朗
    高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所
  • 松岡 広大
    高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所

書誌事項

タイトル別名
  • First Results of New Physics Searches at the Belle II Experiment

抄録

<p>素粒子物理学の主要テーマの一つは,我々の宇宙が約138億年前にどのように誕生して,どのように物質が創られたのかを理解することである.宇宙は誕生直後の高エネルギー状態から急速な膨張を経て冷却され,それぞれの時刻での時間発展はそのエネルギースケールでの物理に支配されていた.とりわけ,物質創成で重要となる宇宙誕生後1秒にも満たない時刻の現象を解明するには,高いエネルギースケールでの素粒子物理の理解が求められる.</p><p>これまでの素粒子研究から構築された素粒子標準理論は,LHC加速器(CERN研究所,欧州)で到達できる約1TeV以下の実験事実をほぼ説明することができる.その一方で,宇宙初期に起きたバリオン数生成のメカニズムや宇宙を漂う暗黒物質の正体といった,宇宙創成に関する根本的な問題については説明ができない.そこで,1 TeVを超える高いエネルギー領域やダークセクターでの,未発見の相互作用による素粒子現象(新物理)の存在が宇宙創成を解明する鍵となる.</p><p>高エネルギー加速器研究機構で行われているBelle II実験は,世界最高のビーム衝突性能を誇るSuperKEKB加速器を利用した実験である.SuperKEKB加速器により得られる50 ab-1(bは断面積の単位barn=10-28 m2)という高統計の電子陽電子衝突事象を最新鋭のBelle II測定器を用いて測定することで,新物理の存在に感度を持つ幅広い物理量を精密測定する.新物理探索の代表例として,小林益川行列のユニタリティ三角形の測定が挙げられる.Belle II実験では50 ab-1のデータを用いて三角形の辺・角を1%程度の精度で測定する.新物理を仮定すると測定した三角形の頂点が一点で交わらなくなる.このズレの観測から新物理の発見を目指す.Belle II実験は,国内で行われている最大規模の国際共同実験かつ日本の大型学術研究の基幹プロジェクトの一つであり,現時点で世界26の国と地域から1,100人以上の研究者が参加している.</p><p>SuperKEKB加速器での電子陽電子衝突事象は素粒子同士の反応である.この反応の特徴はLHC加速器に代表されるハドロン衝突事象と大きく異なる.ハドロン衝突は強い相互作用を伴う複合粒子同士の反応なので,終状態には注目する反応以外の生成粒子も多数含まれる.一方,電子陽電子衝突では電子陽電子の反応で生成される粒子のみが終状態に現れる.Belle II実験ではこのクリーンな衝突反応の特徴を有効に活用し,背景事象を削減したり,検出器に信号を残さない粒子を含む事象を測定することができる.</p><p>Belle II実験は,前身のBelle実験から大幅な加速器および測定器の改良を経て,2018年に実験を開始した.2018年4月のビーム初衝突以降,堅調に実験データを蓄積している.さらに,初期の実験データ解析から高い測定器性能を確認した.SuperKEKB加速器は実験の経過とともにビーム衝突性能を堅調に増加させ,世界最高のビーム衝突性能に到達した.2021年12月までに268 f b-1­の実験データを取得しており,まだBelle実験の統計量には到達していないものの,新物理探索をはじめとした様々な物理解析を進めている.特に複数のダークセクターの探索では,まだ少ない統計ながら,すでに先行研究の感度を上回る測定結果を報告している.</p><p>現状,Belle II実験の初期結果から新物理の兆候は得られていない.しかし,今後継続して加速器衝突性能の向上と安定な測定器の運転に努めていき,これから約10年かけて目標とする統計量のデータ取得を目指す.これにより新物理の解明に繋がる結果が大いに期待されている.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 77 (11), 745-750, 2022-11-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390856970589433472
  • DOI
    10.11316/butsuri.77.11_745
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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