スピン流によらないスピンホール(ネルンスト)効果の定式化

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タイトル別名
  • Theory of Spin Hall (Nernst) Effect without Spin Current

抄録

<p>スピンを回転させたり,動かしたりといった操作は電子のスピン自由度を活用するスピントロニクスの根幹をなす課題である.その中で盛んに研究されているのが,スピン軌道相互作用を通じて電場と垂直にスピン流が誘起されるといわれるスピンホール効果である.直感的には,スピン軌道相互作用が↑スピンには下向きの,↓スピンには上向きの磁場としてはたらき,ローレンツ力によるホール効果によってそれぞれ左向きの電流J↑が,右向きの電流J↓が生じると考えればよい.電流JJ↑+J↓は打ち消しあうが,「スピン流」JsJ↑-J↓が生成される.この現象を利用すれば,一見スピン自由度をもたない非磁性体において電気的にスピンを動かすことができる.</p><p>上述の「スピン流」はスピンが保存する場合には妥当であるが,スピン軌道相互作用がある場合,スピンは保存せず,連続の式に基づいてスピン流を一意的に定義することはできない.理論では「通常のスピン流」とよばれる定義を選び,久保公式を用いてスピンホール伝導度を計算することが多い.一方,「保存するスピン流」とよばれる別の定義を選ぶと,異なる結果が得られる.スピン流の正しい定義は何だろうか.そもそもこの問題に答えはあるのだろうか.</p><p>この問題が顕著に現れるのが,ラシュバ型とよばれるスピン軌道相互作用をもつ電子ドープされた半導体界面である.この系に電場をかけたとき,それと垂直方向の両端に逆向きのスピンが蓄積することが実験で見出された.スピン流が直接観測されたわけではないが,このスピン蓄積はスピンホール効果によってスピンが端に流れ込み緩和したものと解釈されている.一方,非磁性不純物による散乱の効果を取り入れてスピンホール伝導度を計算すると,上述のふたつの定義のどちらを用いても零になるので,この解釈に従うとスピン蓄積は起こらないことが示唆される.スピン流だけを考えていては,スピン蓄積という実験を説明することはできない.</p><p>スピンネルンスト効果は温度勾配と垂直にスピン流が誘起される現象といわれており,温度勾配と垂直に電流が誘起されるネルンスト効果のスピン版といえる.久保公式を用いて「通常のスピン流」のスピンネルンスト伝導度を計算すると,絶対零度に向かってほとんど必ず発散し,物理的な結果を得ることはできない.このような発散はネルンスト効果でよく知られており,久保公式を補正することで絶対零度で零になる一般化されたモットの関係式が得られる.スピンネルンスト効果についてもこのような解決法が模索されてきたが,解決には至っていない.</p><p>このように,スピン流を定義してスピンホール(ネルンスト)効果を定式化することは筋が悪いように思われる.そこで視点を変えて,スピン流を定義することをやめ,代わりに実験で直接観測されており,一意的に定義されるスピン蓄積に着目しよう.有限の大きさの系に一様に電場をかけたとき,端には電場勾配が存在するので,端で起こるスピン蓄積は電場勾配によって生じていると考えるのである.このような電場勾配に対するスピンの応答係数はバルクの波動関数を用いて評価することができる.ふたつの定義のスピンホール伝導度がいずれも零になる上述の設定に対しても,実験と整合する非零の応答係数が得られた.スピンネルンスト効果についても,温度勾配の勾配に対するスピンの応答を考え,一般化されたモットの関係式とオンサーガーの相反定理を示した.</p><p>本研究で提案した応答係数は,散逸を特徴づける緩和時間を除いて第一原理的に計算し,実験で直接観測して比較することができる.スピントロニクスの分野における理論と実験の乖離が少しでも縮まることを期待したい.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (3), 146-151, 2023-03-05

    一般社団法人 日本物理学会

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390858286699263232
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.3_146
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • KAKEN
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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