『フェミニスト・シティ』を読む(3)

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タイトル別名
  • Reading "Feminist City" (3)
  • From the Perspective of Care and Intersectionality
  • ケアとインターセクショナリティの視点から

抄録

<p>都市とケア</p><p>報告者はこれまで,保育・子育て支援の地理学として,都市における保育サービス不足や子育て世帯の就業・育児の両立困難とその地域的背景を検討してきた.都市の保育サービス拡充や労働環境や長時間通勤の改善が急務であることは間違いない.しかし,それだけでは不十分であり,育児や介護,家事,コミュニティ活動など広義のケア行為やそれを担う人々が称揚されながらも周縁的な位置に固定化されていることに本質的な問題がある.こうしたケアの周縁性が都市空間の物的環境に投影されていることを論じたのが,本報告で取り上げる『フェミニスト・シティ』である. 本書の著者であるKernは若い女性だった頃,都市の匿名性,自由や解放感を経験した.しかし,妊婦や母になることで,それらが「正常」な(人目をひかない)身体を持つ者の特権だったと気づく.公共の場でのおむつ替えや授乳の気まずさ,食料品店で「ベビーカーが邪魔だ」と言われるなどの経験を通じて,「こうした社会の冷淡さの背景にあるのは,都市自体,つまり都市の形態や機能そのもの」なのではないかと考えるようになる.そして,白人・中産階級・シスジェンダーである自らの「特権性」を強く自省しながら,より公正な都市のあり方を考えようとする. 本報告では,本書の中からケアと都市の物的環境に関する論点を抽出・整理し,日本におけるケアの都市地理学を展開していく上での適用可能性を検討したい.</p><p>都心回帰は「育児と仕事の両立の地理的解決」か</p><p>かつて,ジェントリフィケーションを背景とした中産階級の都心回帰傾向は,そこで供給される多様な社会サービスによって,女性の仕事と家庭の両立を地理的に解決すると論じられていた.しかし,Kernは自身の経験を踏まえ,Curran(2018)が指摘する限界に同意することになる.すなわち,ジェントリフィケーションのメリットは,各種サービスに手の届く一部の社会階層に限定的であり,家事労働のジェンダー配分や「典型的」とされる移動や労働パターン向けに設計された都市インフラに根本的変化を迫るものではない,と. 加えて,現代における「子育てのジェントリフィケーション(高級化)」や「インテンシブ・マザリング(徹底した子育て)」の進行によって,便利なはずのジェントリフィケーション地区で母となったKernは,「子どものためになる」アクティヴィティに追い立てられ,むしろ疲れ切っていた.中・上流家庭の消費対象となる高級品やブランド品,アクティヴィティやサービスは,特に,都市部(都市中心部)で大きな市場を作り上げている. </p><p>都市の交通システムとジェンダー</p><p>Kernによれば,大量輸送システムの設計や費用負担やダイヤがジェンダー平等の問題に関わっているという論点はこれまでほとんど議論の俎上に上がってこなかった.都市計画は「典型的な」都市住民(夫・父で稼得者で健常な体をもった,ヘテロセクシャル・白人・シスジェンダーの男性)を仮定している.たとえば,ほとんどの都市交通システムは典型的な定時で働くオフィスワーカーの通勤ラッシュアワーをさばけるように設計され,賃労働と無償労働のバランスのために何度も乗り降りが必要な女性は余計に運賃の支払い(「ピンク税」)が生じる. 都市計画や再開発において世界的に「ジェンダー主流化」が推進されようとしているが,そこにも注意が必要である.そこでは,既婚,健常者,母親,ホワイトカラーやピンクカラーの女性が受益者として想定され,エスニックマイノリティやシングルマザーなど低所得な女性はその恩恵を受けられず,ジェントリフィケーションによってさらに不便で危険なエリアに追いやられる危険性を孕んでいる.</p><p>インターセクショナリティの適用可能性</p><p>本書は,インタ―セクショナリティを含むフェミニズム理論および都市地理学の先行知見と自身の女性・母としての身体的経験とを往復するように展開される.インターセクショナリティ(交差性)の視点においては,女性というカテゴリー女性というカテゴリーやその経験を均質なものとみなすのではなく,人種,階級,ジェンダー,セクシュアリティ,ネイション,アビリティ,年齢などのカテゴリーを,相互に関係し,形成し合っているものとして捉える. ケア(サービス)の地理学の立場から考えた場合,本書の意義は以下の点にあると考えられる.いわゆる都市問題の一テーマとして捉えられてきた都市のケアをめぐる問題を,施設・サービスやケア労働力のみならず都市交通やモビリティ,ジェントリフィケーションの問題といった現代都市の物的環境に接続し,より多角的な観点からケアの都市地理学を展開することの必要性を示していることである.同時に,細分化しがちな都市やケアをめぐる諸テーマと対象をつなぎ,これらに携わってきた研究者どうしの相互対話の可能性を開くものでもある.</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390858619526010752
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_204
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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