地方分権に関する地理学研究の成果と課題

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  • 佐藤 洋
    東京大・院,日本学術振興会特別研究員DC

書誌事項

タイトル別名
  • Achievements and Issues of Geographical Studies on Decentralization

抄録

<p>Ⅰ はじめに </p><p> 英語圏地理学では,ガバナンスと並び,分権化の枠組みから,地方行財政に関する研究が蓄積されてきた(Bennet 1990).日本の地理学では「分権の受け皿」とされた市町村合併を中心に研究が蓄積されてきたが,地方分権の観点からは既存研究が整理されていない.地方創生や東京一極集中の是正が注目される中で,地方分権に関わる諸問題に,いかなる地理的含意があるのかを示すことで,地理学によるアプローチの有用性を提示できると考えられる.そこで,これまでは対象のトピックスにより区別されることが多かった地方行財政や公共サービスに関わる地理学の成果を,地方分権の観点から整理し,成果と課題を展望する.</p><p></p><p>Ⅱ 英語圏地理学と日本の地理学との比較</p><p> 米国と西欧諸国における1970年代の経済危機に伴う税収減少などの厳しい財政状況と福祉国家の後退,1980年代のニューライト政権によるドラスティックな行政改革は,地理学者に地方自治への関心を抱かせた.1984年にはIGUで行政地理学委員会(Commission on Geography and Public Administration: CGPA)が発足し,①歳入の分権化,②サービスの分権化,③政府の分権化,④ローカル・ナショナル・グローバル経済におけるガバナンスと政治・選挙制度,⑤都市と地域の文脈での大都市問題と農村開発問題の5つが主要なテーマとされ,地方分権に関する研究が蓄積されてきた.現在でも,後継の委員会であるガバナンスの地理学委員会(Commission on Geography of Governance)における20のテーマには地方分権と多層的ガバナンス,自治体間協力,財政制度などが含まれる.</p><p> 日本の地理学での地方分権に関する既存研究は,移譲された業務や公共サービスが「分権の受け皿」となる市町村で適切に行われているか,市町村合併や広域連携,スケールの議論に基づいて検証する形で論じられた例が多い.CGPAの主要テーマと比較すると,日本の地理学では,②サービスの分権化と③政府の分権化に対応する研究が蓄積されてきたと解釈できる.一方で,①歳入の分権化に対応する研究は,地方圏の小規模自治体の財政運営を担ってきた地方交付税制度に関するものを除くと希少である.</p><p></p><p>Ⅲ 新たな研究の論点と展望</p><p> 歳入の分権化の文脈では,英語圏地理学においては委譲された権限と財源とのミスマッチや,経済成長との関係を論じた研究がみられるが,研究蓄積は多いとはいえない.グローバル化や金融危機に伴い財政地理学は変容しつつあり,財政を不動産や金融とともに都市の構成要素とみなす研究が増加している.しかし,地方自治に関わる諸問題の背景にある財政状況の地域差や,行政学や財政学の既存研究における水平的視点の不足を踏まえると,依然として,歳入の分権化を地理学から扱う意義がある(佐藤2023).</p><p> サービスの分権化の文脈では,近年の日本においては,市町村が全分野の公共サービスを担う「フルセット主義」からの脱却が議論されている.総務省の地方制度調査会は,三大都市圏の市町村は面積が狭く,市街地も連続するため,広域連携による相互補完的な役割分担が特に有効だと評価している.この文脈では行政区域やスケールに関する研究に強みを持つ地理学からのアプローチが有用であり,Bennett(1989)が示した柔軟性(flexibility)などの概念の適用可能性もある.</p><p> 政府の分権化の文脈では,移譲された権限と自治体組織との関係に関する研究が求められる.行政改革や人口減少に伴い,一部の市町村では特に技術系職員の不足が生じ,マンパワーの不足が懸念されている.特に地方圏では,地域労働市場における地方公務員のウエイトが大きいことからも,研究の意義があると考えられる.</p><p></p><p>参考文献 </p><p>佐藤 洋2023.地方分権に向けた自主財源基盤確立の可能性と課題――東京大都市圏の基礎自治体を事例に.地理学評論96(2): 印刷中.</p><p>Bennett, R. J. 1989. Territory and Administration in Europe. London: Pinter Publishers.</p><p>Bennett, R. J. 1990. Decentralization, Intergovernmental Relations and Markets: Towards a Post-Welfare Agenda? Oxford: Oxford University Press.</p><p></p><p>謝辞</p><p>本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:21J21401)の助成を受けた.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390858619526025984
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_180
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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