リモートセンシング分野における都市熱環境研究のミスリード

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タイトル別名
  • Research Misleading of Urban Thermal Environment in the Discipline of Remote Sensing

抄録

<p>現在世界各国で急速な都市化と市街地面積の拡大が進行しており,都市環境の快適性確保が極めて重要な課題となっている。とりわけ都市の熱環境は,都市の生活環境に影響する重要な指標である。有効なモニタリングを通じて典型的な都市熱環境の動態を把握し,都市構造が都市の高温化(ヒートアイランド)に与える影響を明らかにすることは喫緊の課題と考えられる。また昨今では,新型コロナウイルス(COVID-19)の流行以降都市の換気性能に注目が集まっている。とりわけ「風の道」を活用することで,都市内における感染防止と夏季屋外における快適性確保の両立が実現されるものと思われる。さらに,日本では多くの都市で人口減少が進む一方住宅数の増加が進み,都市化の進展や市街地における人工化の状況は以前と変わっていない。そして地球温暖化による気温上昇が進む中,都市環境の快適性や気候変動適応といった観点からも,ヒートアイランド対策の重要性が高まっている。一方今日のリモートセンシング技術の飛躍的な発展は,広範囲,高解像度での迅速な都市熱環境情報取得を可能としており,都市熱環境のモニタリングにおいて不可欠な技術となっている。Rao (1972) を嚆矢として,衛星リモートセンシングの手法は都市熱環境研究の分野において盛んに用いられるようになっている。近年では,都市熱環境や気象学,地理学などのバックグラウンドを持たないリモートセンシング分野の研究者による都市熱環境,ヒートアイランド研究の論文が急増しているが,重要なバッググラウンドの知識を欠いたまま分析を進めて書かれたと思われる残念な論文も散見されている。従前東アジア地域を人工衛星が通過する時間帯は午前10時前後が多く,この時間帯に撮影される地表面熱画像も多い。冬季はこの時間帯の画像だけで解析した場合,大都市の地表面温度が郊外にくらべて広域に低温となるようなシーンが撮影される場合もある。これは低い太陽高度に対応した日影のパターンや,都市地表面構成素材の熱慣性などが関係しているものと考えられる。これだけを用いて解析し,「冬季の都心における大規模なクールアイランド」について言及した論文もあるが(e.g. Yang et al., 2020),これは一般的な気象学・気候学の知見としての「冬季の都心におけるヒートアイランド」とは矛盾する結果であり,これらを一般的なものとして提示することは,自然科学的知見を顧みず,手法ばかりに傾注した故の残念な研究と言わざるをえない。そしてこのような背景は,都市環境計画の現場において正しいリモートセンシングの利用が進みにくい要因ともなっている。このほか,演者が論文査読の現場で気になり,厳しい批判をもって対応してきた事例には,次のようなものもある。感染症対策として行われたロックダウンの影響(人間活動強度の低下:人工排熱の減少)は,都市の地表面温度ではなくて気温に現れると考えられる。よって,衛星リモートセンシングで直接検知できると考えるには,別途様々な検討が必要となる。また,大規模な都市内緑地・河川空間の存在による周辺地域の冷却効果(Spillover of Park Cooling Effect: PCS)は,地表面温度ではなくて気温に現れる(e.g. Sugawara et al., 2015)。地表面温度にも冷却効果が見える(Jiang et al., 2021:Li et al., 2022)と主張するならば,安定して出現しているわけではない冷気のにじみ出し効果が地表面熱収支に影響(気温が地温に影響)するか,もしくは土壌層内部における熱の水平拡散(伝熱)の効果が十分大きいということを示す必要がある(一般にこのプロセスは気象モデルには組み込まれていない)が,彼らはこの検討に踏み込んでいない。さらに,彼らが用いたLandsat-8 (TIR) の空間解像度にも疑念が残る。菅原・近藤(1995)は,平均気温が2℃下がる場合の地表面温度低下は1℃であるとしている。空気の熱容量は地表面構成物質にくらべて小さいこともあり,気温は地表面温度に影響を与えにくい。衛星リモートセンシングの分野で「新発見」のようにもてはやされうる話の中には,気象学の常識的知見との矛盾を克服できていないものが存在する。もし正しいというならば,それは伝統的な気象学の教科書が書き換わるほどの話であり,そこを自覚せずにさらりと出せるようなものではないと考える。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390858619526136320
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_8
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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