金融恐慌後の「新たな住宅問題」と借家人運動

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タイトル別名
  • ‘The New Housing Question’ and the Tenant Movement After the Financial Crisis
  • Through Reading the Magazine of the Berlin’s Local Tenants Union
  • ベルリンの借家人組合誌<i>MieterEcho</i>に着目して

抄録

<p>Ⅰ 問題の所在 2000年以降のジェントリフィケーション研究では,ジェントリフィケーションの発生要因の解明から,それがもたらしている影響を明らかにすることへと問題設定が移行している.このシフトを早くから展望していたvan Weesep(1994)は,ジェントリフィケーションが都市政策に与える影響を捉える必要性を提起した.その一方で,Slater et al.(2004: 1142)がvan Weesep以後の研究蓄積を概観し指摘したように,ジェントリフィケーションが住民へもたらす影響は長らく問われてこなかった.2000年代中葉以降の議論では,このように立ち退きdisplacementが不可視化された研究状況を乗り越えようと,立ち退きの範疇に物理的な移動のみならず,心理的な疎外感も含めるようになった.さらに近年では,場所から立ち退かされないための対抗的諸実践に着目する研究も蓄積されている.ここで住民は,立ち退かされる客体としてではなく,抵抗の主体として位置付け直されているのである.本研究では,ドイツ・ベルリンにおける賃貸不動産市場の変容や,住宅政策の展開を借家人運動の視座から検討する.そのために,本発表では借家人組合MieterGemeinschaftの雑誌MieterEchoの分析を通じて,変化するベルリンの状況を借家人がどのように捉え返し,何を問題としているのかを提示する.</p><p>Ⅱ 研究対象地域 ベルリンは,歴史的に借家割合が高い「借家人都市Mieterstadt」であり,例えば2018年では居住者のある住宅のうち82.6%が借家である(Amt für Statistik Berlin-Brandenburg, 2019: 6).借家人が量的に優位な状況は,その可視性を高め,組織化を促し,歴史的にも多くの借家人組合や団体が設立された.現にベルリンでは,アパート,ブロック,地区,市のスケールで,様々な団体が活動している.とはいえ,東西統一以後にベルリンの再首都化が進められ,インナーシティではジェントリフィケーションが起こる中で,借家が置かれた状況は変容してきた.借家の所有者構造に着目すると,社会住宅の数が減少する一方で,民間所有の借家が増加していることが確認される.これは2002年に断行された市有の住宅建設会社が所有する住宅の民間売却が,一つの契機となった.市場価格で取引される賃貸住宅の増加は,慢性的な住宅供給不足と重なりながら,家賃の高騰をもたらしてきた.ベルリンにおける借家人の生活の困難さは,2010年代中葉以降「家賃狂騰Mietenwahnsinn」という共通認識を形成し,借家人運動の活性化へとつながった.2021年には,一定条件を満たす賃貸住宅の公営化をめぐる住民投票も行われている.</p><p>Ⅲ 「新たな住宅問題」と借家人運動 ヨーロッパにおけるドイツの特殊性として,Belina(2018)は2007年の金融恐慌後に建設投資が伸びた唯一の国であることを挙げ,その多くが都市部における高級住宅建設に対する投資であると指摘する.ベルリンも例外ではなく,そのような住宅の金融化が引き起こされた舞台の一つであり,これが現在では「新たな住宅問題」としてみなされている.その一方で,2016年にはベルリンの人口の約半数が,社会住宅への入居資格を理論上満たし得るという所得の状況も生まれていた(Investitionsbank Berlin, 2017).すなわち,居住者の所得水準と実勢家賃との乖離により,継続居住が困難な状況が生じているのである.本発表では,以上のような住宅市場の金融化と社会住宅の不足に着目しつつ,借家人組合誌MieterEchoの2016年から2019年までの情報を整理し,ベルリンの借家人運動の成果を示す.</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390858619526159232
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_89
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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