ブラックホールの響きで探る極限重力の物理
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- 大下 翔誉
- 理化学研究所数理創造プログラム
書誌事項
- タイトル別名
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- Probing Extreme Gravity with Ringing Black Holes
抄録
<p>この宇宙で最も単純な天体は何だろうか? 例えば地球を特徴づけるためには,地球が何粒の砂で構成されているか,表面はどのような凹凸をもつかなど,無数のパラメーターが必要となる.それに対し,ブラックホールは極めて単純な天体である.ブラックホールは,3つのパラメーター,つまり質量,角運動量,帯電量だけで特徴づけられることが,重力の標準理論である一般相対性理論の枠組みで示されている.これは,ブラックホールがたった「3本の毛」の長さで特徴づけられるという例えから,無毛定理と呼ばれている.この定理を検証することで,一般相対性理論をブラックホール近傍という強重力環境でテストできる.</p><p>では,この無毛定理はどのように検証できるか? ブラックホールの連星合体では,2つのブラックホールが合体し,最終的に1つの大きなブラックホール(残留ブラックホール)へ落ち着く.この緩和過程では,残留ブラックホールの自由振動が生じ,それが放射する重力波はリングダウン重力波と呼ばれる.この重力波は,ブラックホールの準固有振動の重ね合わせで表される.つまり,ブラックホールも楽器のように典型的な振動モードを複数有しており,その準固有振動数もまた,上述の3つのパラメーターで完全に定まる.もし,重力波観測で検出されたリングダウン重力波が,準固有振動の重ね合わせでモデル化された波形と整合しない場合,それは,一般相対性理論や事象の地平面近傍の時空構造に修正が必要であることを示唆する.</p><p>ブラックホール連星は,ブラックホール同士の合体を経て,残留ブラックホールを形成する.この一連の過程で放射される重力波波形全体から,リングダウン波形だけを正しく取り出すには,ブラックホール合体という非線形な現象から,単一のブラックホール振動という線形な現象へ遷移する時刻を,波形データから読み取る必要がある.リングダウン波形は,準固有振動の重ね合わせで表されるので,複数の準固有振動を波形データにフィッティングし,その一致度を評価することで,リングダウンの開始時刻を評価することができる.実際にこの手法を,数値相対論で生成した波形データに対して行ったグループがある.その結果,ブラックホール合体が起き,重力波振幅が最大となった時刻で,リングダウン重力波が放射され始めるというシナリオが結論された.この結論を受け入れるにはより慎重な検証が必要とみなされているが,事実であれば驚くべきものだ.従来までは,十分に重力波振幅が減衰した後に,リングダウン放射が開始すると予想されていた.それに反し,リングダウン重力波がより早く(より大きな初期振幅で)放射されるならば,その分だけ大きなシグナル・ノイズ比で,準固有振動の解析を行うことができるのだ.その他の興味深い結果として,ある特定の準固有振動が,際立って大きく励起される傾向にあることも明らかになった.筆者の解釈として,残留ブラックホールの揺らぎには,統計力学のエネルギー等分配則に類似する普遍性があるかもしれない.各々の準固有振動の「励起のしやすさ」を定量化する物理量である励起因子の解析結果は,この見解を支持するものとなった.</p><p>また,多くの仮説が提案されてきた量子的なブラックホールには,その地平面近傍で重力波が反射されるという仮説もある.この場合,ブラックホールから木霊のようなエコー重力波が現れるかもしれない.次世代重力波検出器では,そのエコー波形とノイズの区別を明確にできると期待される.</p><p>重力波観測が,無毛定理に代表される古典ブラックホールの普遍的性質の検証,つまり重力のさらなる高精度検証に貢献すると期待されている.それに留まらず,今後の観測でブラックホールの標準模型を超える物理・現象が見えてくるかもしれない.</p>
収録刊行物
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- 日本物理学会誌
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日本物理学会誌 78 (5), 262-266, 2023-04-25
一般社団法人 日本物理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390858938955204480
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- ISSN
- 24238872
- 00290181
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可