心理学と哲学のあいだ~人文学の再生を求めて~

抄録

<p>心理学(psychology)の語源がギリシア語の「魂(psyche)」と「学問(logos)」に由来することはよく知られている。同様にソクラテスは哲学の営みを「魂の世話」と呼んだ。このように心理学と哲学とは「魂」の概念を蝶番にして隣同士の学問であり,同じ人文学のよしみで近所づきあいも盛んに行われていた(実際,私が東北大学に赴任した1980年前後は,心理学はまだ哲学科に属しており,研究室も同じフロアにあった)。</p><p>ところが19世紀後半になると,心理学は自然科学に近接した実験的方法論を洗練させることによって,哲学に三下半を突きつけて分離独立する。いわゆる実験心理学ないしは科学的心理学の成立である。その頃にエビングハウスが語ったと伝えられる「心理学は長い過去をもっているが,短い歴史しかもっていない」という言葉はその間の事情を物語っている。つまり,広義の心理学はアリストテレスの『魂について(peri Psyches)』以来の長い過去をもっているが,狭義の心理学(科学的心理学)の歴史は始まったばかりだ,というわけである。その後の心理学の歩みは一瀉千里,学問スタイルも人文学から離れて自然科学に接近し,脳科学や認知科学と二人三脚のタッグを組んで現在にいたっている。</p><p>他方の哲学の分野では,旧来の文献学的手法が根強く残存しながらも,ほぼ一世紀遅れて「自然主義(自然科学主義)」が台頭し始める。クワインによれば,哲学は科学的知見を用いることに躊躇すべきではなく,「認識論は経験心理学に同化される」のである。前門の虎(科学的心理学)と後門の狼(哲学的自然主義)に挟撃されて,人文学(humanities)は今や風前の灯と言ってよい。このような窮境にあって人文学に未来はあるのか,人文学はそのアイデンティティをどこに求めるべきか,人文学の生き延びる道を考えてみたい。</p>

収録刊行物

キーワード

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ