ブラックホール表面積上限定理の一般化――強重力から弱重力へ

DOI
  • 泉 圭介
    名古屋大学素粒子宇宙起源研究所基礎理論研究部門/名古屋大学大学院多元数理科学研究科

書誌事項

タイトル別名
  • Generalization of Riemannian Penrose Inequality

抄録

<p>もしブラックホール周辺の観測量をすべて知ることができるという究極に理想的な状況があったとすると,ブラックホールの諸定理を検証できるのであろうか? ブラックホール合体により生成される重力波の検出や,ブラックホール影の直接観測が報告され,ブラックホールは観測により検証できる時代になりつつある.一方で,ブラックホールの数理研究は1960年代ごろから行われ,一般相対性理論をもとに様々な定理が証明されてきた.しかし残念ながら,たとえすべて観測可能量を知っている理想的な状況であっても,観測から定理を検証することはできない.なぜならば,ブラックホールの諸定理では理論を構築する上で観測できない領域として定義されるブラックホールの存在を仮定しているからである.</p><p>さて,ブラックホールは量子重力理論の思考実験場として用いられている.量子効果を考えるとブラックホールは熱輻射(ホーキング輻射)し,蒸発する.ブラックホールの諸定理とホーキング輻射とを合わせて,ブラックホール熱力学が構築される.この熱力学には情報消失問題と呼ばれる問題がある.情報消失問題の解決は量子重力理論を理解する手がかりと考えられており,超弦理論を用いた解析が進んでいる.しかし,情報消失問題の議論は蒸発の過程で情報が返ってくることを示すことである.情報が取り出せないブラックホールの存在を仮定して導いた定理を用いた情報消失問題の議論では,情報が取り出せないという仮定と情報が返ってくるという結論が矛盾するため,どこかに不具合が生じるであろう.</p><p>ブラックホールの諸定理を観測または思考実験に対応できる形に改良するには,観測不可能な領域として定義されるブラックホールを用いず,定理や数理解析を拡張する必要がある.そこで,観測不可能な領域という従来のブラックホールの定義から離れ,一方で重力の特徴を上手に捉えた領域を定義し,その領域に対する定理の構築を試みよう.</p><p>ブラックホール熱力学において,ブラックホールの表面積は系のエントロピーに対応する.系の状態数を示すエントロピーは系が持ち得る情報量を表すため,ブラックホールの表面積を通してエントロピーを理解することが情報消失問題解決の鍵であると考えられる.そこで,我々はブラックホール表面積に関する定理の一般化を行った.</p><p>エネルギーを固定した系においてエントロピーに上限があることから,ブラックホールの表面積に対する上限値を与える不等式(ペンローズ不等式)が予想される.ペンローズ不等式の厳密証明はまだないが,同質な不等式の証明が数学者により与えられている.リーマン–ペンローズ不等式と呼ばれるこの不等式は,ある時間一定面上に埋め込まれた二次元閉曲面の中で,その面積が極小となる,つまり平均曲率が0になる面(極小曲面)に対する面積の上限を与える.極小曲面はブラックホール表面とおおよそ対応する.しかし,厳密にはブラックホール表面と一致しないため,ペンローズ不等式の完全な証明とはなっていない.そうではあるが,リーマン–ペンローズ不等式による面積上限値の存在から,極小曲面がエントロピー的に解釈される期待がある.ただ,極小曲面は一般にはブラックホール内に取り込まれていることが多く,先に議論したように観測や思考実験に対応できる形であるとは言い難い.</p><p>我々は,リーマン–ペンローズ不等式に関して,いかなる弱い重力場に対しても適用できる一般化に成功した.我々の不等式はブラックホールの十分外側にある面に対しても適用可能であり,先に問題に挙げた観測や思考実験にも対応できる表式である.また,弱い重力予想などの強重力場で行われる量子重力理論の議論が,弱重力場中の面に関しても同様に行えることを示唆する.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (9), 525-529, 2023-09-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390860322097523968
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.9_525
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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