X線分光で見るクラスター磁気八極子
書誌事項
- タイトル別名
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- Cluster Magnetic Octupole Probed by X-Ray Spectroscopy
抄録
<p>近年,物質中のスピンに由来して伝導電子の軌道が曲がる異常ホール効果や,磁気熱電効果の一種である異常ネルンスト効果が,次世代のスピントロニクス,エネルギー変換,センサ等の要素技術として大きな注目を集めている.このような磁性体の電気磁気応答は,スピンが一方向に揃った強磁性体で大きくなることがこれまで知られており,盛んに研究されてきた.一方で,スピンが打ち消し合うように配列した反強磁性体では正味の磁化が小さいため,直感的には大きな電気磁気応答の発現は期待できない.</p><p>しかし近年,一種の反強磁性体であるMn3Snにおいて,強磁性体に匹敵する異常ホール効果が観測された.Mn3Snの自発磁化は,強磁性体の数百分の一程度であるため,この結果は,異常ホール効果の強度が磁化に比例するという従来の経験則を覆すものである.近年の理論的理解では,異常ホール効果の直接的起源は波数空間におけるベリー曲率であり,磁化は必ずしも必要ではないことが知られている.Mn3Snにおいてはトポロジカル電子構造に起因する大きなベリー曲率がその起源として提案されている.</p><p>異常ホール効果の発現において必要となるもうひとつの要素が,時間反転対称性の破れである.例えば強磁性体の場合は大きな自発磁化によって時間反転対称性が破られる.一方,磁化の小さなMn3Snでは,どのようにして異常ホール効果を許容する時間反転対称性の破れが生じるのかについての理解は十分ではなかった.</p><p>この問題に一つの解釈を与えるのがクラスター多極子理論である.この理論によればMn3Snの磁気構造はクラスター磁気八極子が向きを揃え,強的に配列した秩序と考えることができる.Mn3Snにおけるクラスター磁気八極子は正味の磁化がなくても時間反転対称性を破り,強磁性と同じ性質の対称性を持つことが示されている.クラスター多極子は従来から知られる原子に局在した多極子とは異なり,反強磁性磁気構造を複数のサイトにまたがって考えることで出現する自由度である.</p><p>上記のように,Mn3Snにおける時間反転対称性の破れは,複数の副格子サイトにまたがる多極子を考えることで理解されている.しかし局所的な電子状態とのつながりは解明されていなかった.この疑問に答える実験手法の一つに,X線磁気円二色性(XMCD)を利用した分光法が考えられる.</p><p>XMCDは磁性体に入射した円偏光X線の吸収係数が左円偏光と右円偏光で異なる現象である.X線吸収は基本的に原子で起こるため,これまで主に強磁性体を中心とした磁性体の局所電子状態の解明に広く利用されている.XMCDの起源には,スピンと軌道モーメントに加え電子軌道の異方性を反映した一種の原子多極子に起因する成分(Tz項)が以前から知られていた.しかし,通常の強磁性体ではその寄与はスピン等に比べて一般に小さく,着目されないことが多い.またTz項の起源である原子多極子とクラスター磁気八極子秩序の関係性も明らかになっていなかった.</p><p>今回我々は,XMCDをMn3Snに適用し,Tz項に起因するXMCD信号が,時間反転対称性を破るクラスター磁気八極子秩序でのみ活性となることを明らかにした.</p><p>この結果は,放射光X線による高次多極子秩序の新たな検出原理を実証するものである.クラスター多極子は,スピントロニクスやマルチフェロイクスに有用な物質機能の起源として近年注目されている.今回実証された多極子秩序の検出原理が,今後さまざまな物質機能の起源解明や新物質開拓の促進に寄与することを期待したい.</p>
収録刊行物
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- 日本物理学会誌
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日本物理学会誌 78 (9), 530-535, 2023-09-05
一般社団法人 日本物理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390860322097551232
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- ISSN
- 24238872
- 00290181
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可