カイコの眠性決定機構

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  • カイコ ノ ミンセイ ケッテイ キコウ

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抄録

<p> 1.カイコの眠性</p><p> 昆虫の幼虫は脱皮を繰り返して大きく成長していく。カイコの場合,標準系統の幼虫は4回の脱皮を経て5齢幼虫となった後,繭をつくってその中で蛹へと変態する。しかし,カイコの系統の中には,幼虫の脱皮回数が3回に減るものや,5回に増えるものが存在する。脱皮回数が3回,4回,5回のものはそれぞれ3眠蚕,4眠蚕,5眠蚕と呼ばれる(図1)。</p><p> 20世紀の初頭,遺伝学の開祖の1人である外山亀太郎は,3眠蚕系統と4眠蚕系統との交配実験により,カイコの脱皮回数はメンデル遺伝する形質であること,3眠が4眠に対して優性であることを報告した(Toyama 1912)。その後,高瀬公之(1919),永井徳松(1919),野崎清(1922),中村鉄夫(1964)の4氏は,それぞれ独立に遺伝的5眠蚕を固定した。また,小倉三郎は,眠性系統の交配実験によって,眠性を決定する眠性遺伝子座(Moltinism,M)が第6染色体に座乗すること,3眠(M3,Trimolting),4眠(+M,Tetramolting),5眠(M5,pentamolting)遺伝子は複対立の関係にあり,3眠が優性,5眠が劣性であることを示した(Ogura 1926; 小倉 1931)。</p><p> 眠性はカイコの発育速度や最終的な体サイズを決定する重要な形質である。それにも関わらず,眠性遺伝子がどのようにカイコの脱皮回数を支配しているのか,その謎は100年以上もの間,未解決のまま残されてきた。たった1つの遺伝子座によって,どのように3回,4回,5回という脱皮回数の多様性が生み出されるのだろうか?</p><p> 一般に,幼虫の脱皮回数は,遺伝的要因と環境要因(温度,栄養,日長など)によって変化する。しかし,カイコのように,1つの主動遺伝子によって脱皮回数が変化することが明確に示された例はない。たとえばタバコスズメガの場合,終齢が5齢になる集団と6齢になる集団が存在するが,これら同士を交配しても脱皮回数がメンデル遺伝することはない(Kingsolver 2007)。したがって,カイコの眠性系統は,昆虫の発育成長メカニズムを理解する上で極めてユニークな生物資源であると言える。</p><p> 最近筆者らは,カイコのゲノム情報やゲノム編集技術を用いて,眠性遺伝子Mによるカイコの脱皮回数決定機構を明らかにすることができた(Daimon et al 2021)。本稿ではその概要を紹介する。</p>

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