ゲノム情報と次世代シーケンスによるカイコ変異体研究の進展

  • 藤井 告
    九州大学 農学研究院 資源生物科学専攻

書誌事項

タイトル別名
  • ゲノム ジョウホウ ト ジセダイ シーケンス ニ ヨル カイコ ヘンイタイ ケンキュウ ノ シンテン

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抄録

<p> はじめに</p><p> 九州大学におけるカイコの系統維持とその管理の歴史は古く,1910年代にまで遡ることができる。当時から変異体を中心として様々な系統が精力的に収集され,現在では遺伝子資源開発研究センターにおいて約500系統が純系として保存されている(伴野 2018)。この規模は,カイコの変異体のストックセンターとしては世界最大である。分子遺伝学的手法が一般化する以前は,カイコの変異体は個々の変異体が有する特徴的な形質に遺伝学的な解析価値があるだけでなく,交配実験に基づいて連鎖地図を構築するために重宝されていた。九州大学を中心として,全国の研究機関で行われた膨大な回数の交配実験によって同一の染色体に座上する突然変異の探索が行われると同時に,連鎖が確認された突然変異に関しては3点実験による座位の決定が行われてきた。そのようにして,約260の遺伝子座から構成されるカイコの形質連鎖地図が構築されると同時に,形質連鎖地図を根幹とした“家蚕遺伝学”という日本独自の学術分野が発展した。</p><p> 形質遺伝学の視点から見ると,連鎖地図上の各遺伝子座は,夜空を彩る星座のように,研究対象としての魅力を放っている。個々の変異体が示す形質的な差異は色,形,模様,行動,など多岐におよび,それらの現象の背景に潜む遺伝的な基盤に興味は尽きない。いわば連鎖地図は,お宝の在り処を示した地図のようなものである。しかし,連鎖地図を手に遺伝子の狩りに出ても,個々の突然変異の実態にDNAレベルで迫るのは至難の技であった。それが2008年にMbサイズのスキャホールド群を含むゲノム情報が公開されたことによって状況は一変した(International Silkworm Genome Consortium 2008)。ポジショナルクローニングによって,突然変異をゲノム上にマッピング可能になると同時に,絞り込まれた領域に存在するジーンモデルを参照することで,原因遺伝子の特定までもが可能になった。2008年はカイコの変異体研究において,連鎖地図からゲノム情報へのパラダイムシフトの年であった。</p><p> それまでDNAレベルでの解析が困難であっために手つかずの状態に有った九大の変異体系統群は,突如として脚光を浴び,次々と研究者の解析対象となり,興味深い形質を示す変異体の原因遺伝子が遺伝学的に同定されていった。2022年4月現在,原因遺伝子が特定された突然変異の遺伝子座は60以上である。一方で,ポジショナルクローニングは原因遺伝子の同定において有力な手法であるが,非常に労力がかかる点は否めない。その点を打開する手法として,近年では変異体の研究に次世代シーケンスが盛んに用いられている。DNA-seqやRNA-seqにより,わずかな労力で変異体の原因遺伝子を同定することも可能になっている。本項では,筆者が変異体を扱って研究を行った経験に基づいて,変異体の原因遺伝子の同定に必要な古典的な手法や,次世代シーケンスを利用した新たな手法について紹介する。</p>

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