イリジウム酸化物Ca<sub>5</sub>Ir<sub>3</sub>O<sub>12</sub>における電気トロイダル秩序

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タイトル別名
  • Electric Toroidal Ordering in Iridium Oxide Ca<sub>5</sub>Ir<sub>3</sub>O<sub>12</sub>

抄録

<p>物質が示す相転移で何が秩序化しているのかを表す秩序変数を明らかにすることは固体物理学における主要な研究テーマの1つであり,新しいタイプの秩序相の発見は新しい物理や新機能の発見へとつながる.磁性や誘電性に代表される物質の機能性は,その系の対称性の破れと関係している.例えば,時間反転対称性が破れると磁性を生じ,空間反転対称性が破れると誘電性を生じる.近年,空間反転対称性と時間反転対称性に関するパリティが異なる2つのトロイダル多極子(磁気トロイダルと電気トロイダル)が,新しい機能性を伴う秩序相の微視的起源となることから精力的に研究が行われている.</p><p>電気双極子モーメントPは原子スケールでみると電子分布の偏りから生じ,Pが同じ向きに揃うと空間反転対称性が破れ,強誘電性となる.一方,Pがドーナツ状に並んだ電気トロイダル双極子モーメントGは,個々のPの位置ベクトルrPのベクトル積r×Pで表される.このPが渦状に秩序化している場合,Gは空間反転対称性を破らない.このようなGがある軸方向に同じ向き(強的)に整列している場合はフェロアクシャル秩序(electric ferro-axial ordering)とも呼ばれ,最近,活発な研究が行われている.電気双極子の秩序は空間反転対称性を破るが鏡映対称は保たれるのに対して,電気トロイダル双極子秩序の場合は空間反転対称性が保たれており,その回転軸を含む鏡映面の鏡映対称性の破れが生じている.その実証例が未だ少ない稀有な秩序状態である.その理由の一つとして,この時間反転対称性や空間反転対称性に不変な秩序状態の検出のために,それに直接作用する同じ対称性の電場や磁場を作ることが難しいことが挙げられる.</p><p>我々のグループでは2015年から5d遷移金属イリジウム酸化物Ca5Ir3O12が105 Kで示す非磁性の二次相転移の秩序変数の解明に取り組んできた.2003年に発見されたこの相転移は,比熱や電気抵抗には異常が明確に見られるが,粉末のX線回折および中性子回折からは,構造相転移の兆候が見られず,「隠れた秩序」と言える状況であった.その秩序変数の解明は単独の実験結果からではなく,複数の実験結果を積み重ねることにより徐々に明らかになり,最近,その秩序変数が上述の電気トロイダル双極子であることがわかってきた.</p><p>この非磁性の二次相転移の解明には,純良単結晶が必須であり,その育成から始まった.次に結晶構造の対称性の変化に敏感なラマン散乱測定から,(i)結晶構造の二次相転移であること,(ii)酸素が結晶のc軸に垂直な面内で変位することで鏡映対称性が破れるような構造変化が起きていることがわかった.その結果を受けて行われた非弾性X線散乱測定から,(iii)単位格子がabc全方向で3倍に拡大された超格子構造に対応したq=(1/ 3, 1/ 3, 1/ 3)の超格子回折ピークを発見し,(iv)フォノンのソフトモードが存在しないこと(秩序–無秩序型相転移である),(v)超格子回折ピークの強度にある特徴が鏡映対称性を破る原子変位で説明可能なことがわかった.さらに放射光X線回折測定から,(vi)転移後の結晶構造の空間群がR3(No. 146)であること,(vii)超格子回折ピークの積分強度の温度依存性における特徴は鏡映対称性を破る原子変位で説明可能なこと,を明らかにした.</p><p>これらの実験結果の積み重ねにより,Ca5Ir3O12が105 Kで示す非磁性の二次相転移が電気トロイダル双極子秩序であることが明らかになった.この秩序はIrO6八面体の原子スケールでの,1次元鎖のc軸方向の渦(電気分極の配向または回転自由度)の秩序と理解される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (10), 599-604, 2023-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390860631064040064
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.10_599
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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