液体の動的構造――Van Hove相関関数の観測

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タイトル別名
  • Dynamic Structure of Liquid―Observation of Van Hove Correlation Function

抄録

<p>物質の性質を議論する上で,その構造を理解することは基本となる.結晶性を有する固体試料の場合には,電気・熱伝導性や磁性といった性質と物質の構造との関係を理解することを通じて,より高度な機能を有する物質を設計したり,新たな物理を見出すことができる.</p><p>これと同じ議論を固体と同じく凝縮体である液体に適用しようとすると,最初の問題設定から難題に直面する.そもそも液体の構造をどう定義すればよいのかが明らかではない.流体力学による記述が成り立つような空間スケールでは,液体の性質を流体力学を用いて記述することはできる.しかし,原子・分子の空間スケールでの個々の液体分子の振る舞いや,分子間ダイナミクスにおける相関の有無などは自明ではない.</p><p>分子動力学シミュレーションを用いると,各分子が動く様子を可視化できる.このようなシミュレーションを実施するには,分子間に働く力など,適切なパラメーターを設定する必要がある.具体的には密度や比熱などの熱力学的量や,X線や中性子の全散乱実験から得られる二体分布関数を再現できるようにポテンシャルが設定される.特に二体分布関数は個々の分子が微視的にどのように配列しているかの情報を与えるため,二体分布関数を再現できるポテンシャルは,原子分子スケールでの液体の物理を記述する上で有効であると考えられている.</p><p>しかし二体分布関数はある瞬間の構造を切り取ったものであり,時間に関する情報を含んでいない.すなわち液体中で分子がどのように動き回っているかという情報を与えているわけではない.赤外分光やラマン分光のような測定からは,分子内や分子間の振動モードなどのダイナミクスに関する情報が得られるが,空間情報は得られない.</p><p>液体の動的構造を記述するために,二体分布関数のような同時刻における空間相関ではなく,時空間の相関関数であるVan Hove相関関数を用いることが考えられる.実空間・時間で定義されるこの時空間相関関数を実験から求めるには,逆空間(波数空間)・周波数空間で求められるX線や中性子の非弾性散乱スペクトルを逆フーリエ変換すればよい.しかしそのためには広い周波数域と散乱角にわたって高精度に散乱を測定する必要があり,膨大な測定時間を要するため現実的ではなかった.</p><p>近年の高エネルギー分解能非弾性X線散乱法や,飛行時間法を用いた中性子準弾性散乱法の発展に伴い,高い分解能を維持しながら,短時間で広い周波数域と散乱角での非弾性散乱測定が可能になった.ここで鍵になるのは,従来は信号が微弱な上に明確な特徴もないため無視されてきた散乱角や周波数域の散乱も含めて,逆空間・周波数空間の広い領域での信号を測定することである.</p><p>我々はこれを水や溶融塩に応用し,実験的にVan Hove相関関数を求めることに成功した.Van Hove相関関数に変換することで,1ピコ秒程度の時間スケールでの液体中のダイナミクスを可視化でき,分子の自己運動と,分子間の相関運動とが区別できることを示した.本手法は今後,様々な系,特に長距離秩序がなく逆空間よりも実空間での記述が適した系において,有効になると期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (11), 651-656, 2023-11-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390860996982710400
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.11_651
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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