ガラス状ネットワークは結晶の周期性と共存できるか?

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タイトル別名
  • Can Periodicity of Crystals Coexist with a Glasslike Network?

抄録

<p>ミスフィット構造やインコメンシュレート構造をご存知の方がいるかと思う.これらの構造では,2つの異なる周期構造が1つの結晶構造内で組み合わさって存在している.それでは,SiO2ガラスなどで見られるネットワーク状の非晶質構造が,並進対称性を持つ結晶構造と組み合わさることはできないのだろうか? つまり,結晶の周期性とガラスの非周期性が共存することはできないのだろうか?</p><p>まさにこのような状態が,構造の量子相転移と呼ばれる,絶対零度での構造相転移によって実現することを見いだした.構造相転移とは,固体の結晶構造が別の結晶構造に変化する相転移である.構造相転移の起源の1つに,ソフトモードと呼ばれる,原子振動のパターンがある.通常,ソフトモードの振動周波数(ω)が温度低下に伴って徐々に減少していき,ある温度(T≠0)でω=0となったとき,その原子振動パターンを反映した結晶構造に構造相転移する(ソフトモードの凍結).構造量子臨界点とは,構造相転移を元素置換などによって絶対零度まで抑制することで現れる,絶対零度での相転移点である.</p><p>通常の相転移が熱ゆらぎによって駆動されるのとは異なり,量子相転移の駆動力は量子ゆらぎである.これまでに,磁気転移を絶対零度まで抑制することで現れる,磁気的な量子臨界点の研究が盛んに行われてきており,そこではスピンの量子ゆらぎが支配的であることが知られている.したがって,構造量子臨界点では,何らかの構造のゆらぎが支配的になっているものと考えられるが,詳細は不明であった.</p><p>本研究では,Ba1-x Srx Al2O4という構造量子臨界物質に注目し,その構造量子臨界点近傍で見られる局所構造変化,それによって発現する格子ダイナミクスや,フォノンが関連する熱物性(比熱・熱伝導率)の解明に取り組んだ.母物質BaAl2O4は結晶質の固体であり,AlO4四面体が頂点酸素を共有することで3次元的につながったネットワーク状の結晶構造を有す.また歪みを誘起する音響ソフトモードに起因して450 Kで構造相転移する.Sr置換量xの増加により相転移温度が低下し,x=0.1付近で構造量子臨界点が現れる.物性測定の結果,構造量子臨界点近傍では,過剰な格子比熱や熱伝導率プラトーといった,一般に非晶質固体でよく見られる熱物性へと変化していることがわかった.</p><p>放射光X線を利用して結晶構造を詳しく調べたところ,通常の構造相転移で期待されるような長距離秩序構造が,構造量子臨界点に向かって著しく抑制されていることがわかった.このことは,構造量子臨界点組成に向かって,ソフトモードの振動の位相が揃いにくくなっていることを意味している.また放射光X線による局所構造解析の結果,構造量子臨界点以上の組成では,もともと原子振動の小さいBa原子は理想的な位置付近にとどまっているものの,AlO4ネットワークにおいて理想的な原子配列からのずれが生じていることが判明した.</p><p>さらに,中性子を用いてその原子振動状態を詳しく解析したところ,構造量子臨界点組成に向かって原子振動が全体的に大きく減衰し,結晶であるにもかかわらず,非晶質固体の中性子散乱スペクトルに変化していることが明らかになった.このスペクトル変化は,局所構造解析から明らかになったAlO4ネットワーク上の原子配列の乱れに起因していると考えられる.つまり,構造量子臨界点では,振動の位相がバラバラの状態で音響ソフトモードが停止する(凍結する)ことで,Ba副格子は結晶の並進対称性を維持しながら,AlO4ネットワークではまさにガラス状となった「副格子ガラス状態」が実現していると結論づけられる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (12), 700-705, 2023-12-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390861305866846592
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.12_700
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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