経済現象とネットワークの科学

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タイトル別名
  • Economic Phenomena and Complex Network Science

抄録

<p>経済というと株価を思い浮かべる読者も少なくないだろう.しかし,経済の基幹はやはり,モノやサービスを通した付加価値の生成過程に他ならない.すなわち,企業が他の企業から原材料や製品などを仕入れて,それに付加価値を付け,他の企業,最終的には消費者に販売するという一連の生産(production)こそが実体経済のエンジンである.よく知られているGDP(国内総生産)は一定期間に生み出された付加価値の正味の総和である.</p><p>付加価値を次々と付加するこれらの過程全体は,図(右下)のように,ノードを企業,リンクを仕入先・販売先の取引関係とする,実に複雑かつ巨大なネットワークを形成している.これを生産ネットワークとよぼう.生産には,原材料や製品などのモノに加えて,労働(labor)と金融(financing)も必要である.そこには,労働の供給=家計すなわち消費者,カネの貸し手=金融機関すなわち銀行という異なる経済主体も存在する.図は経済のごく一部である企業,金融機関とその間における,企業間取引(黒線),銀行間金融(青線),銀行・企業間金融(赤線)を示す模式図である.このように経済には多元的な経済ネットワークが存在する.</p><p>ところで,例えば生産ネットワークの取引関係は一般に信用(credit)に基づく.例えば,仕入先企業への支払いは一定期間中に行うという信用に基づいて行われるのが普通だ.金融機関からの借入金,労働者の賃金も信用をベースにしているといえる.このような信用関係は,逆に見れば,いかなる経済主体も別の経済主体から,ネットワークの関係性を通してさまざまな影響を受ける可能性があることを意味している.</p><p>経済危機はもちろん,連鎖倒産,原材料などの価格高騰,災害によるサプライチェーンの途絶,疫病による需要の急激な落ち込みなど,さまざまな経済ショックが経済ネットワーク上で伝播するとき,その規模,範囲,時間スケールとその原因を把握することは非常に重要な課題である.</p><p>その把握にあたっては,経済ネットワークの構造やその上での経済ショックの伝播を理解することが必要である.近年,これまで蓄積されてきた,経済ネットワークに関する大規模なデータによって,その理解が飛躍的に進んだ.その例としていくつかの結果を以下にあげる.</p><p>・多くの経済ネットワークでは,各ノードのもつ関係性の数は裾野の長い分布をもち,しばしば「少数の巨人と多数の矮人」とよばれる著しい性質をもつ.</p><p>・各ノードのネットワーク的な性質は,その経済主体のサイズ,産業,地域などの特性と密接な関係があり,クラスターまたはコミュニティ構造とよばれるネットワーク内の粗密構造をもつ.</p><p>・モノやカネの流れを有向グラフとみなすと,巨大なコアとその上流や下流の成分からなる独特の蝶ネクタイ構造が存在する.</p><p>・上流や下流の中で占めるノードの位置を定量化し,循環流を抽出するヘルムホルツ–ホッジ分解という離散数学の手法が有用である.</p><p>・災害や疫病の影響下など,経済ショックの伝播においてこれらの構造がもつ役割が,大規模なシミュレーションで少しずつ明らかになりつつある.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 79 (1), 4-11, 2024-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390861648443642496
  • DOI
    10.11316/butsuri.79.1_4
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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