シリーズ 多電子原子の構造とダイナミックス -独立粒子モデルの来し方行く末- 第5回 開殻原子(Open-shell Atom)

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抄録

<p>原子の電子状態は原子核の構造にかかわる部分を除いては電子に対する核引力ポテンシャルと電子間の相互作用ポテンシャルによって決まります.原子番号がZの中性原子の場合,電子1個当たりの核引力ポテンシャルの大きさはZに比例するので電子数がZの原子の核引力ポテンシャルエネルギーの総和は大雑把に言ってZ2に比例します.他方,電子間の相互作用ポテンシャルエネルギーの総和はZ個の電子から2個の電子を取り出す組み合わせの数Z(Z−1)/2に比例するので,Zの値が大きければこちらもやはりZ2に比例します.原子内の電子の原子核との相互作用の強さと電子同士の相互作用の強さの比はZによらずあまり変わらないと考えることができます.ところが,原子内の電子は殻構造を作り,内殻にある電子は外殻にある電子に対する核引力を遮蔽してしまいます.そこで,外殻においては,電子間の相互作用の効果,ひいては,電子相関の効果が強く現れます.とりわけ,沢山の電子を受け入れることができる軌道角運動量の大きな副殻が外殻にあると副殻内の電子による様々の興味深い多電子の効果や電子相関効果を見ることができます.前回と前々回は原子番号の小さいリチウム原子[1]とベリリウム原子[2]の中空原子状態の性質について考察し,多電子の高励起状態における電子相関効果についての解説を行いました.今回は,原子番号Zが大きい,周期律表の真ん中あたりから先の原子について考えてみることにします.多電子原子についての入門的な記述は殆どがいわゆる閉殻原子です.ところが,閉殻原子は実際には周期律表の一番右側の1列のみで,他は全て開殻原子です.原子イオンについて考えても同じで,原子から電子をひとつずつ剥いでいったとき,出来るイオンの殆どは開 殻イオンです.そこで,開殻原子や開殻イオンを理解しない限り多電子原子を理解したとは言えません.開殻原子や開殻イオンは,最も外側またはその付近に電子が部分的にしか満たされていない,開いた副殻を持っています.このような開いた副殻は非常に沢山の微細構造準位を持っています.たとえば,軌道角運動量が3のf副殻に7個の電子が入り,その外側に閉じたs副殻を持つ,f7s2配置は全部で327個の微細構造準位を持っています.これが原子の性質にどのように反映されるかを調べる必要があります.さらに,励起状態になれば開いた副殻の数は増えることが多いので,準位の構造はさらに複雑になります.例えば,f6spd配置は31, 804個の微細構造準位を持っています.異なる副殻間の配置間相互作用も色々な面白い現象を提供します.さらに,Zがうんと大きくなって超ウラン元素になると相対論的な効果も解りやすい形で価電子配置にも見られるようになります.例えば,ウラニウム(Z = 92)の基底状態の価電子配置は6d7s2ですがローレンシウム(Lr,Z = 103)の基底状態の価電子配置は7s27pです[3].角運 動量の小さいs軌道やp軌道の電子は主量子数が大きくても原子核の近くを通過する機会があり,その時高速で走るために相対論効果で重くなって少し沈んでしまいます.角運動量が比較的大きなd軌道は重くなる効果は小さい上に,s軌道やp軌道が沈んで原子核の電荷を遮蔽してくれるので,逆に浮き気味になります.その結果,Z = 92と103の間で軌道準位の反転が起きます.説明はこのように簡単ですが,計算により数値的に実証するためにMCDF法で計算をすると,実は,約300, 000個の配置関数を扱う必要があります.膨大な数の微細構造準位間の相互作用を評価する必要があるからです.本稿では,まず,微細構造準位の分布についてのWignerの議論を紹介し,次に,極端紫外光(EUVL)の光源媒体として着目されているスズ(Sn)の多価イオンの発光線の分布について議論をし,最後に超ウラン元素の電子状態の計算の現状について紹介をします.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390861803287193472
  • DOI
    10.50847/collision.06.r003
  • ISSN
    24361070
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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