励起子絶縁体の物理――バンド間相互作用が導く秩序と集団励起

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タイトル別名
  • Physics of Excitonic Insulators―Orders and Collective Excitations Derived from Interband Interactions

抄録

<p>物性物理学においては物質の構成要素である電子の振る舞いが重要であるが,時に電子の集合体は相転移を起こし秩序化することで高温相とは異なる状態をつくり出す.例えば,電子が有するスピン自由度の秩序として特徴づけられる強磁性状態は物質に磁性を生み出し,電子–電子ペアが成す超伝導状態への転移は物質の伝導性を大きく変化させる.相転移と秩序化は物性物理学の中心的課題の一つであると同時に,秩序化で創出された機能を活用することは応用科学の観点からも重要である.</p><p>超伝導の基礎理論が確立した後の1960年代,ギャップの狭い半導体やバンドが重なった半金属を舞台として,電子とホール(正孔)のペアが成す秩序状態として理論的に提案されたのが励起子絶縁体である.バンド間のクーロン相互作用によって励起子絶縁体状態へと転移すると,半金属においてはギャップが開き,半導体においては価電子バンドと伝導バンドに変形を生み,高温相と異なる絶縁体状態となる.励起子的な電子–ホールペアに対する秩序変数である点やクーロン相互作用に直接的に起因する点が超伝導の場合とは大きく異なるが,秩序の安定性を議論するギャップ方程式などが超伝導理論と似た数学的構造を持っている.そのため,励起子絶縁体の秩序状態(励起子秩序)はフェルミオン対の凝縮と関連づけられて議論されてきた.しかし,理論が古くから存在する一方,研究対象となる良い物質が見つからなかったこともあり,励起子絶縁体の実験的な研究はあまり進んでこなかった.</p><p>ところが,近年は実験技術の向上に伴い,いくつかの有力な候補物質が報告され,励起子絶縁体の物理も理論と実験の両面から議論できる時代となってきている.励起子秩序の可能性が指摘されていたTiSe2も詳細に調べられ,近年では1次元鎖が連なった構造を持つTa2NiSe5も候補物質として研究されている.また,高スピン状態と低スピン状態が競合するコバルト酸化物もスピン三重項型の励起子秩序が実現し得る舞台として興味が持たれている.</p><p>励起子絶縁体の実証に関する議論では,Ta2NiSe5などの候補物質が相転移に格子変形を伴っているため,格子の寄与と励起子的な電子相関の寄与のどちらによって低温秩序相が実現するかといった問題に直面する.これは,両者が共にギャップ形成に関与できるため,バンド構造だけから寄与の違いを見出すのが難しいためである.このような系で重要となるのは,フォノンおよび励起子秩序の秩序変数に特徴的なダイナミクス,つまり集団励起の理解である.特に,励起子秩序の集団励起モードとフォノンモードは電子–格子相互作用を介して混ざり合うため,それらの混成モードの理解が相転移起源の解明で鍵となってくる.近年は,ポンプ–プローブ分光法などの非平衡状態を観測可能な手法も用い,相転移機構の解明に向けた励起子絶縁体物質のダイナミクスに関する研究が進められている.</p><p>励起子絶縁体は秩序形成が対凝縮やBCS–BECクロスオーバーとも関連深く,凝縮系物理のエッセンスを多く含んだ系である.その上で電荷・軌道・スピンが複合的に絡み得る励起子絶縁体は,光励起や集団励起ダイナミクスまで含めると非常に豊かな物性現象の舞台となっている.今後はさらに理論と実験の連携が強化され励起子絶縁体の研究が発展することを期待している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 79 (2), 54-62, 2024-02-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390862036397224704
  • DOI
    10.11316/butsuri.79.2_54
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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