EU における農業環境事業の概要と生物多様性保全におけるその有効性

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  • Agri-environmental schemes in EU and their effectiveness on biodiversity conservation

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抄録

ヨーロッパにおける農業環境事業 (Agri-environmental schemes) は、農業者がみずからの農地で行う環境の向上に資する行為にたいして、当該農業者に報酬を支給する環境支払いの一つである。EU 加盟の27 ヶ国だけでなく、EU 離脱後のイギリスや非加盟国のスイスやノルウェーでも実施されているので、農業環境事業は、ヨーロッパにおける広範囲な農業景観の生物多様性を保つ重要な政策手段となっている。農地はEU 全面積の42%を占めるため、農地での生物多様性の保全は、EU 全土における生物多様性の保全にも結びつく。このことから、農業環境事業は、EU 全域における生物多様性を保全するうえでも重要な役割を果たす。事業が導入されたのは1992 年である。第2次世界大戦後に急速に拡がった化学肥料や殺虫剤・枯草剤などの多投入と家畜の多頭飼育は農業の集約化を招き、農村の景観の美しさや生物多様性を喪失させただけでなく、農業起源の深刻な地下水汚染を引き起こした。これが農業にたいする危惧と厳しい世論をまきおこし、EU の共通農業政策(CAP)に対する一大改革であったマクシャリー改革(1992 年)に、現在につらなる農業環境事業が取り入れる圧力となった。事業は、農業景観とそこでの生物多様性の保全にくわえて、硝酸塩窒素による水系汚染の防止をEU 共通の主要な目標としている。一方、農業環境事業の実施設計は加盟国に任されているので、実施される内容や重点は加盟国によって様々である。北西ヨーロッパの加盟国の農業環境事業の共通点は、農業者が広く参加できるオプションと、対象となる環境や目的を絞った、より高度なオプションの2層から構成されていることである。ただイギリスの構成国の一つであるイングランドが生物多様性を前面に出しているのに対して、北西ヨーロッパの大陸諸国は農業の粗放化が前面に出ているという違いがある。イングランドでは多くの農家が参加できる第1層から生物多様性への対策を細かく規定するのに対して、大陸の諸国では第1層での生物多様性への対策は、粗放化による間接的なものが多いという点で蓋然的であり、より具体的には第2層が担う。農業環境事業には莫大な予算が投じられていて、その成否が欧州の生物多様性を守る上で極めて重要であることから、その有効性が厳しく問われている。このことを受けて、有機農業もしくは農業環境事業の有効性をメタアナリシスという分析手法によって総合的に検討した5つの論文は、有機農業であれ農業環境事業であれ、いずれも生物の種数もしくは存在量(個体数や質量)を有意に高めていることを確認した。

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