トランスナショナルな移住によるエスニック・ビジネスの変容

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  • Transnational Migration and Change of Ethnic Business

抄録

<p>1.はじめに古典的な移民研究におけるエスニック・エンクレイブは,先進国での永住を目指す労働移民の人々が世界的大都市のインナーシティにおいて形成した,商業施設と居住地を含む地区であり,移住者がホスト社会に適応するまでに一時的にとどまりながら相互扶助を得られる空間であるとみなされてきた.移住者は,ホスト社会で生きていくために必要な人的・物的資本が揃えば,エスニック・エンクレイブを離れてホスト社会に同化していくが,それまでの過程でエスニック・エンクレイブ内のエスニック・ビジネスは移住者が働く先として,また移住者の生活を支え,エスニックな需要を満たす施設として機能してきた.とくに,エスニック・ビジネスの集積は,移住者をエスニック・エンクレイブに引きつけて,エスニック・エンクレイブを拡大させるための原動力にもなっていた.しかし,近年はグローバル化の進展によって労働移民にかぎらず多様なかたちの国際移住が発生している.とくに先進国や新興国からは永住志向の労働移民に代わってトランスナショナルな移住者が増加したことにより,必ずしも移住者がエスニック・エンクレイブを通過するとは限らなくなった.新たな移住者は,労働移民とは属性やライフコースが異なることから,既存のエスニック・エンクレイブに流入せず,都心各地に分散居住するか,良質な郊外住宅街に新たなエスニック・タウンを形成する場合もあったからである.このような状況下で,インナーシティに立地した旧来のエスニック・エンクレイブは新規流入者の減少を経験するようになり,次第にエスニック・ビジネスも人口規模の変化や訪問客の社会経済的背景に応じて立地や経営戦略を変えざるを得なくなる.しかしながら,一度形成されたエスニック・タウンがどのような変容を遂げるのか,とくにエスニック・ビジネスの立地や戦略がどのように変化するのかに関する先行研究は多いとは言えない.そこで本研究では,トランスナショナルな移住によるエスニック・タウンの多元化がエスニック・ビジネスの立地特性にもたらす影響を明らかにすることを試みる. 本研究にあたっては,2023年3月および9月に現地調査を行い,商業施設関係者(事業者・エスニック団体・NPO・関連業務従事者など)に対するインタビュー調査をもとに,商業施設の立地変化およびエスニック・ビジネス関係者の認識と対応に関する情報を収集・分析した. 2.フィールドの概要 本研究においては,ニューヨーク大都市圏における韓国系移住者(以下,韓人)を事例に,トランスナショナルな移住により多様なコリアタウンが形成されてから,コリアタウン内のエスニック・ビジネスがいかなる変化を経験したかを把握する. ニューヨーク大都市圏においては,1970年代からクィーンズ(Queens)区フラッシング(Flushing)地区において,労働移民として渡米した韓人によってエスニック・エンクレイブが形成された.同地区は,一時期はアメリカ東海岸でもっとも大規模なコリアタウンとなり,韓人コミュニティの中心地として機能したが,1990年代以降,労働移民が減少し,代わりに増加した高学歴・専門職のトランスナショナルな移住者が都心や郊外に居住するようになったことにより,中心性が低下しつつある. 3.知見 現地調査から得た知見は以下の2点である. 1点目は,コリアタウンが多元化するにつれて,各コリアタウン内のエスニック・ビジネスは訪問者の属性や需要によって多様化していることである.新たに形成されたコリアタウンでは,若者や子育て世帯をターゲットとした店舗や,韓国の大企業によるチェーン店が増加するが,フラッシング・コリアタウンでは旧来の移住者による事業体が中心となっている.とくにフラッシング地区の場合,韓人移住者の人口流出や,経営・投資方式の特殊性,エスニック・ビジネスに対する価値観,そして後継者不足などが総合的に影響した結果,商業地区の縮小が進む.また,同地区においては韓人人口の減少に加えて,中国系・ヒスパニック系移住者の増加が著しく,韓国系エスニック・ビジネスの移転や縮小を加速化させている. 2点目は,エスニック・ビジネスの集積が保たれている地区においては,コリアタウンを維持させるための,エスニックな地区活性化に向けた活動が推進されていることである.商業施設関係者は,営業利益の確保に加え,コリアタウンの復興と維持を目指して,通勤列車停車駅周辺の飲食店集積地区を中心にイベント開催,街路の整備,広報活動の拡大などを進めている.同活動は,従来の表象や伝統的景観の保存ではなく,コンテンポラリーなコンテンツを用いて,韓人はもちろん他の民族,なかでも近隣住宅街から都心へ通勤する層を幅広く取り込むことを試みていることから,エスニック・ビジネスの変容の端緒を示していると考えられる.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390862809659622016
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_182
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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