農山村において高齢者が小さな農業を継続する意義

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タイトル別名
  • Significance of continuing small farming by elderly people in rural areas

抄録

<p>世界的に高齢化が進むなかで,老年学を中心に様々な分野において高齢者やその生活に関する研究が蓄積されている。生物学的な老化現象に着目した医学的な研究が多くみられるなか,近年では,高齢者がおかれる環境に関する社会科学分野の研究も進んでいる。それらの研究や近年の政策においては,高齢者が住み慣れた地域に住み続けられること,いわゆる「aging in place」という考え方が注目されている。しかし,それらは主に高齢者の特性の分析から望ましいとされる生活環境を提示することにとどまっていたり,調査対象者の居住する地域特性に対する分析が不十分であったり,実際に高齢者がどのような生活環境におかれているのかという地理学的な視点は弱いといえる。</p><p>また,居住者や従事者の高齢化率が著しく高い農山村や農業においては,高齢者が地域や農業の維持の担い手として注目されている。一方で,高齢者にとって,農山村や農業というものがどのような意義をもつのかについては,彼らの生活も含めた視点から検討された研究は少ない。</p><p>そこで,本報告では,高齢者が人の手を借りながらも,自家消費やお裾分けを目的とした小さな農業を続けることが,高齢期においても住み慣れた地域で自律的な生活を送るうえでどのような意義をもつのかについて検討する。</p><p>これまでの報告者の調査より,高齢者が農業を継続する理由として多く挙げられたのは,「畑仕事が好き」というものであった。既存研究においては「生きがい」と一括りにされてしまっていたが,作物の成長や実りを喜んだり,いつどこに何を植えるか,どの肥料を使うかなどを考えたり,無心で作業をしたり,時には休んで田畑や山々を眺めたり,畑においておこなわれる数々の営みが継続の張り合いとなっている。また,「自分のペースで好きなようにできる」という声も多く聞かれた。これは,何にも急かされることなく,今日できる分だけすればいい,というのが大きく共通する部分ではあるが,人によっては,雇われの身ではない気楽さや,自分が主導権を握って進めることができるということに良さを見出している人も少なくなかった。</p><p>農業を通して人と関わることを楽しみにしている人も多い。特に,親戚や知人へのお裾分けやそれをきっかけとした交流を楽しみに農業を続けている人がほとんどだといっても過言ではない。また,農作業のために外出することで,近隣の田畑の人や通りがかった人との会話も生まれる。そこでは作物に関する情報交換だけでなく,近況報告や地域の出来事なども共有される。時には,通りがかった観光客に野菜を売ったりあげたりすることもある。</p><p>近年,社会福祉の分野においては,障がい者や高齢者のエンパワーメント(自己決定や自己実現)が重視されている。自分らしい暮らしを,サポートを受けながらでもできるようにしていくことが求められている。実際,農業を続けている高齢者は,子世代や地域内の人に耕耘や草刈りなどの機械による作業を担ってもらっていることも少なくない。作物を販売したとしてもわずかな収入にしかならず,お裾分けも多くを占める農業で,誰かの手を借りなければ続けられないとしても,元気なうちは続けたいという声を多く聞く。それは,たとえサポートを受けていたとしても,自分で野菜を育てあげ,自分や誰かがそれを食べて生きていることが自信になっているからと考えられる。現役時代と違って可視化された成果がなかったり,子世代との同居で自身の家事が減ったりするなかで,畑が自身の役割を意識したり発揮できる場として機能している。そこには自身で決め,実行すべきことが数多にあり,その先に作物の実りやお裾分け先の笑顔という成果が待っている。天候や野生動物,「もうやめたら」という家族など,相手にしなければならないものも少なくないが,自分で作った野菜が一番美味しく,畑で体を動かせば腹も空くしよく眠れるという。フレイル予防の3軸は栄養,運動,社会参加である。農業が担えるものは少なくないだろう。住み慣れた地域にある,先祖から受け継いだ農地で,周りの人と助け合い,地域の農業や農地と「まだまだ野菜を作れるくらい元気だ」という自負を大切に守りながら,畑仕事に精を出すことで得られるものは多い。</p><p>高齢期は喪失の期間とも言われる。体力の低下や心身の不調,身近な人との死別など,自身や自身を取り巻く様々な状況が変化していくなかで,変化を受け入れながらも変わらずもち続けているものが,生きていくうえでの支えや活力となる。寝たきりで介護が必要な期間の縮小,健康寿命の延伸が目指され,ピンピンコロリが理想とされている。高齢者にとって小さい農業は,野菜を作って食べるという生きていくための目的であり,住み慣れた地域で自分らしく最後まで元気に生きていくための一手段でもあるといえる。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390862809659738752
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_310
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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