井之川夏目踊りと山宮神社の春祭にみる正月祭祀の原初的意義と現代的変容
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- 永迫 俊郎
- 鹿児島大
書誌事項
- タイトル別名
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- Original meaning and modern change of the New Year rituals drawn from the Inokawa Natsume Dance, Tokunoshima Island, and the Spring Festival at the Yamamiya Shrine (Kushira), central Osumi Peninsula
説明
<p>はじめに 自然は恵みとともに災いももたらすが,地面なくては何も始まらない.生活の礎である地面・土・植物そこを循環する水や風の意味合いを感知し,折々に祭事を行って集落の安寧を図っていた.生業に呼応する形で場所に特有のイメージが付与されていたため,祭事の中に伝統的な見立てを垣間見ることができる.もちろん,古層をとどめている祭事が多い南九州や琉球列島といえども,就業形態をはじめとした時代の推移に伴って変容している側面も少なくない.本発表では,徳之島町井之川夏目踊りと大隅半島中部の山宮神社(鹿屋市串良町細山田)の春祭での観察結果にもとづいて,正月祭祀の原初的意義と現代的変容について考えてみたい.</p><p> 夏目踊りはハマウリ(浜下り)という祖霊祭と水稲の収穫感謝祭の二つの要素をもった祭りの夜に,豊作の感謝と来年の予祝を願って各家々を夜を徹して踊り歩く集団舞踊で,家回りの風習は今では井之川集落だけに残る(町田,2022).夏の折り目に新年を迎えるという点で,正月祭祀と言える.棒踊り・鉤引き・田打ちの三部構成の山宮神社の春祭で主体をなす棒踊りは正月踊りとも呼ばれる.農耕始めの正月行事である打植祭(小野,1964)に属する.井之川夏目踊りと山宮神社春祭に伴う芸能のいずれも鹿児島県の無形民俗文化財に指定されている.</p><p>記載 (1) 水田景観がサトウキビ畑に姿を変えて半世紀ほど経っても,各戸を回る風習を含めて継承されている井之川夏目踊りにとって一番の功労者である町田進氏のご厚意により,2022年8月20-21日と2023年8月18-20日に一連の行事に参加させていただいた.コロナ下の22年は,8月20日のハマウリと21日の公民館でのハマギノは通常通り行われたものの,徹夜での家回りは中止され,ウサキィ浜背後の広場において1時間半ほどに短縮された夏目踊りとなった.23年は三日間に渡る祭事の初日8月18日のカマ(竃)作りとカマ祭りから,19日のハマウリ・ご自宅での宴席,宝島地区の夏目踊り(22時過ぎ~20日8時半;踊り始めハマウリ会場である堤防西端付近の通り―41軒[今年は東→西の順]―踊り納めイビガナシ),夕方の公民館でのハマギノまでご一緒させていただいた.紙幅の都合から詳細はポスターで.</p><p>(2) 山宮神社春祭に伴う芸能保存会・会長の末満耕二氏のご厚意により,2024年2月18日の祭り当日の馬掛公民館での準備段階から宮での奉納神事,そして再び公民館での直会にかけて観察させていただいた.平成の大合併により鹿屋市の一部となった串良町は,笠之原台地の東半分を占め,シラス台地上を中心に串良川沿いの低地も有する.山宮神社の統べ下は大字細山田と広く,往事には集落ごとに7-8組の棒踊りが奉納されていた(小野,1964)が,今回は座元の堂園と1kmほど上流側に位置する馬掛の2組だった.保存会は堂園・馬掛・生栗須の3集落合同で結成されているが,コロナ下を経て生栗須での継承が叶わなくなったという.棒踊りの次に行われる鉤引きで使われるオカギ・メカギの切出し・境内への搬入は,祭り前日に当番の集落が担う.3回引き合って買った方の集落が豊作になるとされ,以前は真剣に取り組んでいた(行き過ぎると‘競技化’;高隈中津神社の鈎引き祭)が,このところ2回・一勝一敗にとどめてどちらも豊作と解している.田打ちも含め詳細はポスターで.</p><p>議論 アニミズムからシャーマニズムを経て各種宗教へと形式化が進むと,神は土地に根差した身近な存在ではなくなり,創作され遠くへ去っていく.グローバル化による均質化や貨幣経済の蔓延,所謂科学的思考の偏重によって,労働や生活体験にもとづく月日の把握,循環や折々への感謝を希薄にしてきたのが現代である.こうした時流にあって,場所性や伝統に裏打ちされた個々の祭事の中に原初的意義を見出せることは幸いである.</p><p> 井之川の三地区のうち伊宝が夏目踊りを辞める決定をしたこと,棒踊りの踊り子や歌い手が道具・衣装や自分たちに込められた意味合いにさほど関心をもたない点など,断絶や形骸化(単なる伝統芸能化)の危機と常に隣り合わせである.井之川を校区に含む神之嶺小や井之川中が夏目踊りの継承に積極的である点や,地元の良さを発見・発信できる徳之島の島民気質は希望の光である.小野重朗先生が記載・考察された祭事を調査するとタイムマシンで未来を訪れたような気分になれる.原初的な意義や世界観の保存が将来への架け橋となり,当事者の残そうとする意志を強固にすると信じて調査を重ねたい.</p>
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2024a (0), 183-, 2024
公益社団法人 日本地理学会