働き方の多様化等を踏まえた事業所得の判断基準

書誌事項

タイトル別名
  • ハタラキカタ ノ タヨウカトウ オ フマエタ ジギョウ ショトク ノ ハンダン キジュン
公開日
2026-03-30
資源種別
departmental bulletin paper
DOI
  • 10.34321/tf02140489
公開者
青山学院大学大学院法学研究科ビジネスロー・センター

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説明

本稿は,近年の働き方の多様化等を踏まえ,所得が所得税法における事業所得に該当するかどうかの判断基準について検討を行うものである。働き方の多様化等を背景に,勤労関係の変化があるにもかかわらず従来の給与所得と事業所得の区別の基準がそのままでよいのか,また,副業等が増える中で副業やギグワーカーの所得が事業所得なのか雑所得なのかといった区別も問題となってくる。裁判例では,「事業所得とは,自己の計算と危険において独立して営まれ,営利性,有償性を有し,かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をい」うとする最高裁昭和56年4月24日判決がしばしば参照・引用されている。この中で法令上の要件と解される「対価を得て継続的に行う」のうち,「対価性」は「有償性」に含まれていると理解すべきであろうが,明示的に「対価性」についての文言を盛り込む方がよかったと思われる。事業所得該当性の判断に当たっては,「継続性」と「対価性」は必要要件であり,この要件該当性を確認した上で,種々の要素を総合考慮して社会通念上事業といえるかどうかを検討することになる。判例の中には「相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性」を必要要件であるかのように位置付けているものがあるが,あくまで総合考慮の一要素と考えるべきである。給与所得か事業所得かの判断の際には,デジタル化の進展を反映して,例えば,これまで給与所得該当性の判断で考慮要素とされてきた「空間的な拘束」という要素については,「インターネットを介した拘束」も反映することが必要となっている。給与所得該当性を判断する際の考慮要素につき裁判例を踏まえてまとめると,(1)雇用契約またはこれに類する原因に基づくこと,(2)従属性,具体的には(i)労務の提供にあたり時間的・空間的拘束があること,(ii)労務提供の態様が使用者の指揮・命令を受けるものであること,(iii)労務の対価としての給付または勤労者としての地位にもとづく給付であること,そして(3)非独立性,具体的には(i)業務の成果が使用者に帰属すること,(ii)労務提供の内容により収入が増減する危険を受給者が負担していないこと,(iii)業務から生じる不利益・損失発生の危険が使用者に帰属すること,(iv)労務の提供に必要な経費や,業務に要する器具・資材等を使用者が負担すること,(v)業務に代替性がないこと,(vi)兼業が自由に認められていないことがあげられる。働き方の多様化の一例であるギグワーカーは,雇用契約ではなく請負契約を結ぶことが一般的で,その所得は事業所得または雑所得に区分されることとなろうが,近時は雇用契約が結ばれる事例もある。労働法の分野では,フードデリバリーサービスのギグワーカーが労働組合法上の労働者に該当するとした東京都労働委員会の判断が示された。労働組合法上の労働者性の判断要素には,給与所得該当性の判断要素と共通または類似しているものが多いが,労働組合法では制度趣旨の違いにより所得税法と比べ指揮監督や時間的・場所的拘束が緩やかに解釈される傾向にあり,同一のケースについて,裁判で給与所得該当性が認められる可能性はほぼないと思われる。今後,ギグワーカーの所得区分をめぐり争いとなるケースもありうることから,動向を注視していきたい。近年,給与所得者で副業等を行う者が増加してきており,給与所得者が副業収入について事業所得として確定申告することによって事業所得の損失を計上し,給与所得などと損益通算を行う事例がみられるが,事業所得・雑所得のいずれに該当するかについては種々の要素を総合考慮して個別に判断することになる。判例等において示された事業所得該当性を判断する際の考慮要素について,共通して用いられることが多いものをまとめると,(1)営利性・有償性があること,(2)継続性・反復性があること,(3)自己の計算と危険における企画遂行性があること,(4)精神的・肉体的労力の程度,(5)人的・物的設備があること,(6)資金の調達方法,(7)その者の職業,経歴,社会的地位及び生活状況,(8)相当程度の期間継続して安定した収益が得られる可能性があることがあげられる。そのほか業種業態固有の考慮要素があるほか,要素間の優先順位,濃淡や要素の中身については,業種業態によっても違ってくる面がありえることから,ある程度カテゴリー分けをした検討も有用であろう。こうした諸要素の総合考慮により事業所得該当性を判断する手法については,裁判における判断基準としては有効に機能しても,納税者の申告時や課税当局の処分時の所得区分の判断基準としては明確性に欠ける面があり,使いにくい基準でもある。働き方の多様化が進み,副業等が増加する中で,納税者にとって所得区分についての予測可能性の確保が重要になってきていることを背景に,国税庁は令和4年10月に所得税基本通達を改正し,雑所得の判断に当たって形式基準の導入により事業所得との区分の明確化が図られた。この中で帳簿書類保存基準に対しては疑問を呈する意見もあるが,事業者には帳簿書類の保存義務が課されており,帳簿書類の保存の有無は事業を行っているとの意思の有無を客観的に示す材料で,かつ,事業を行っているとの外観を示す材料ともいえるため,考慮要素の一つとして位置付けることは妥当と考える。また,収入金額300万円の基準に対して疑問を呈する見方もあるが,営利性は考慮すべき要素の中で重要であり,収入金額は数値として客観的にとらえやすいので,形式基準として使いやすいということであろう。最終的には諸要素の総合考慮で判断するとしても,課税庁が処分の可否を判断するに当たり全ての事案について総合考慮することにはリソースの面から限界があり,一定の形式基準を設けて総合考慮すべき事案の絞り込みを行うことは,税務執行の面で合理的かつ効率的であるとともに,納税者側にとっても所得区分の判断についての予測可能性の向上に資するものと考えられる。問題となりうる点があるとすれば,帳簿書類が保存されず,かつ,収入金額が300万円以下の場合は(個別判断を行わず)業務に係る雑所得(資産の譲渡から生ずる所得については譲渡所得又はその他雑所得)に該当するとされている点である。国税の執行において明確な形式基準が必要であることから,やむを得ない面もあると考えられるが,法令によらず通達で収入金額について一律の基準を設けているので,裁判となった場合に課税庁の処分が否定される訴訟リスクは残ると考えられる。帳簿書類の保存がないことと,収入金額300万円以下であることの形式基準の2要素のみでは,雑所得と断定する根拠としては必ずしも強固なものとはいえず,課税庁としては,形式基準で判断するとしても,できるだけ他の考慮要素も含めた判断で雑所得該当性(事業所得非該当性)を説明できるようにしておく必要があろう。改正後の通達に基づく処分を裁判所がどう評価するか,形式基準と総合考慮による判断の乖離がどの程度生じてくるのかについて,今後の裁判事例の動向を注視していきたい。

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