精密厚さ制御による液体の軟X線透過吸収分光測定

書誌事項

タイトル別名
  • Soft X-ray Liquid Absorption Spectroscopy in Transmission Mode Realized by Precise Thickness Control
  • 実験技術 精密厚さ制御による液体の軟X線透過吸収分光測定
  • ジッケン ギジュツ セイミツ アツサ セイギョ ニ ヨル エキタイ ノ ナンXセン トウカ キュウシュウ ブンコウ ソクテイ

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説明

<p>液体は様々な物理,化学現象が進行する有用な環境であるが,その理解は気体や固体と比較して進んでいない.気体は分子が孤立した状態であり,固体は原子や分子が規則的な結合構造を持つのに対して,液体はピコ秒スケールで分子配置が再構成するため,その分子集合体の構造の議論が困難であったためである.液体で進行する現象を理解するには,例えば水分子の水素結合やベンゼン分子などの芳香環のπ – π相互作用のように,液体中で重要となる分子間相互作用を理解する必要がある.</p><p>液体中の分子間相互作用を調べる方法として,光の透過吸収から非破壊で分子構造や電子状態を明らかにできる分子分光法が,簡便ながら重要な研究手法として知られている.従来から,赤外吸収分光法や可視紫外吸収分光法を用いて,分子の振動状態や化学結合に関わる軌道間の電子遷移が精力的に調べられてきた.一方,X線領域での透過吸収過程は,分子を構成する各原子の内殻電子(K殻1s,L殻2pなどの化学結合に直接関わらない軌道)が非占有軌道(反結合的なπ*,σ*軌道など)に遷移する過程に対応する.非占有軌道に束縛された電子は,近接する分子中の電子と相互作用するため,異なる元素ごとに分子間相互作用を調べることができる.</p><p>X線には大気中で利用できる高いエネルギーの硬X線領域と,大気に吸収されやすい軟X線領域(約4 keV以下の領域)がある.硬X線領域には遷移金属のK殻があり,大気中で比較的簡便に液体を含む様々な物質のX線吸収分光測定が行える.軟X線領域には,軽元素(C,N,Oなど)のK殻や3d遷移金属のL殻があるため,分子系の研究に特に重要である.しかしながら,軟X線は大気や水に強く吸収されるため,試料を真空下に置く必要があり,最近までは気体や固体試料に測定対象が限定されていた.液体試料の軟X線透過吸収分光測定を適切な範囲の吸光度で実現するためには,液体層を1 µm以下の領域で精密に厚さ制御することが必要である.</p><p>軟X線領域の液体試料の吸収(あるいは吸収相当)スペクトルを計測するため,様々な実験手法や工夫が提案されている.その1つに,分子科学研究所において著者らが開発した液体層の精密厚さ制御法(20~2,000 nm)がある.この実験技術を利用することにより,信頼性の高い液体の軟X線吸収スペクトルが測定できるようになった.軟X線吸収スペクトルのピークエネルギー位置のシフトは,励起エネルギーにより特定されている励起原子周りの分子間相互作用を反映する.量子化学計算に基づく内殻励起状態の計算を行うことで,実験によるシフト量の大きさから液体中の分子間相互作用を調べる手法も確立されてきている.これらの実験技術を用いて,液体ベンゼンのπ – π相互作用の特異な温度変化が,炭素K吸収端の軟X線吸収分光測定から調べられている.また,ピリジン環の異なる原子サイトごとの分子間相互作用を,炭素と窒素のK吸収端スペクトルから調べることで,ピリジン水溶液がミクロな領域で不均一であることが示されている.</p><p>液体の軟X線吸収分光測定の実現により,異なる元素ごとに液体中での分子間相互作用を観測することが可能になっている.この手法により,溶液で起こる様々な物理,化学現象のメカニズムの解明が期待される.さらに,光化学反応の時間分解測定,磁性流体の軟X線磁気円二色性測定,溶液中のタンパク質などの生体試料の局所構造解析への応用が期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (8), 496-503, 2020-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

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