マヨラナ束縛状態を示唆するゼロエネルギー状態の観測

  • 町田 理
    理化学研究所創発物性科学研究センター
  • 花栗 哲郎
    理化学研究所創発物性科学研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • Zero-Energy Vortex Bound State in Iron-Based Superconductor Fe (Se, Te)
  • マヨラナ ソクバク ジョウタイ オ シサ スル ゼロエネルギー ジョウタイ ノ カンソク

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抄録

<p>マヨラナ粒子はそれ自身が反粒子であるという特異な性質をもった,電荷が中性の粒子である.1937年にエットレ・マヨラナによって導入されたこの粒子は,その提案から80年以上たった今でも,素粒子として存在する証拠が見つかっていない未知の粒子である.しかし,最近になって,固体中でマヨラナ粒子の特徴をもった準粒子(マヨラナ準粒子)が出現し得ることが理論的に提唱され,物質科学の分野で,マヨラナ準粒子の実現を目指した研究が精力的に行われるようになった.固体中のマヨラナ準粒子が注目される理由は,未知粒子の発見という基礎物理学的な側面だけでなく,それが外乱に強い量子計算に利用できるという実用上の重要性のためでもある.そのため,世界中でマヨラナ準粒子の舞台の理論提案・実験検証が行われている.</p><p>固体中でマヨラナ準粒子を実現するための舞台の一つとして,トポロジカル超伝導体が挙げられる.トポロジカル超伝導体では,その準粒子波動関数が非自明なトポロジーを有しており,そのエッジや渦糸芯ではバルク・エッジ対応の帰結としてトポロジカルエッジ状態がゼロエネルギーに現れる.さらにこのエッジ状態は,超伝導体の電荷–正孔対称性によって,マヨラナ粒子の特徴である「粒子=反粒子」の性質を備えている.すなわち,トポロジカル超伝導体の表面(以下,「エッジ」)や渦糸芯では,マヨラナ準粒子がゼロエネルギー状態(マヨラナゼロモード)として現れるのである.</p><p>これまでに,様々なトポロジカル超伝導体候補物質のエッジや渦糸芯においてマヨラナゼロモードの検出を目指し,走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いたトンネル分光測定が行われてきた.しかしながら,通常,渦糸芯ではゼロエネルギー近傍に有限のエネルギーをもつ自明な束縛状態も存在するため,如何にしてこれらとマヨラナ準粒子を区別するかが最大の課題となっている.</p><p>この問題を解決するために,本研究では,自明な束縛状態とマヨラナゼロモードとのエネルギー差が100~200 μeVと比較的大きいトポロジカル超伝導体候補Fe(Se, Te)の渦糸芯に着目し,極めて高いエネルギー分解能(~20 μeV)を有する超低温希釈冷凍機STMを用いて実験を行った.その結果,マヨラナゼロモードを示唆するゼロエネルギー束縛状態(Zero energy Vortex Bound State, ZVBS)と有限エネルギーの自明な束縛状態の分離に成功し,さらにZVBSをもつ渦糸ともたない渦糸が共存していることが明らかとなった.様々な磁場でトンネル分光により数百個の渦糸芯を系統的に調べた結果,ZVBSの有無は局所Se濃度,不純物分布,超伝導ギャップの不均一性といった試料の局所的性質とは無関係であることがわかった.また,外部磁場の増加によってZVBSを示す渦糸芯の割合が系統的に減少することも新たにわかった.これは,ZVBSの有無を理解する上で渦糸–渦糸間相互作用の重要性を示唆しており,将来的にマヨラナ準粒子を制御する際に重要な知見となると考えられる.</p><p>本研究で観察されたZVBSは,マヨラナ準粒子の兆候の一つに過ぎない.観測されたZVBSがマヨラナゼロモードによるものであるかを決定付けるには,ゼロエネルギー状態以外のマヨラナ準粒子に固有の特徴を実験的に捉える必要がある.その例として,マヨラナゼロモードのスピン偏極状態やコンダクタンスの量子化の検証が今後の課題である.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (9), 570-575, 2020-09-05

    一般社団法人 日本物理学会

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