準結晶の成長機構の謎にせまる

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タイトル別名
  • Unveiling the Mystery of the Growth Mechanism of Quasicrystals
  • ジュンケッショウ ノ セイチョウ キコウ ノ ナゾ ニ セマル

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抄録

<p>固体を原子配列の秩序性の観点から分類すると,大きく3種類に分けられ,結晶,アモルファス,準結晶とよばれる.結晶の原子配列は周期的秩序で特徴づけられる.つまり,ある構造単位(単位胞)が周期的に繰り返された原子配列をもった固体物質を総称して結晶とよぶ.結晶がもつ周期性のような,長距離の原子配列秩序をもたない固体物質も存在する.そのような物質はアモルファスとよばれる.物質科学の長い歴史の中で比較的最近まで,原子配列の秩序形態は結晶とアモルファスの2種類に分類できると思われていたが,1984年に第3の秩序形態をもった物質,準結晶が発見された.これは結晶がもつような周期的秩序はもたず,代わりにフィボナッチ配列に代表されるような準周期的な長距離秩序をもつ.1992年に国際結晶学連合において,結晶の定義が準結晶を含む形に改定されたが,本稿では,便宜的に「結晶」を従来の意味で用い,「準結晶」と区別する.</p><p>結晶は通常,溶融状態から冷却の過程で核発生し,続いてそれが成長することで形成する.ここで「成長」は,すでに形成した固相の表面に液相側から原子がくっついて固相–液相界面が液相側に進むことに他ならない.このとき結晶は,単位胞が周期配列した構造をもつため,液相側から固相表面にやって来た原子がどこにつくべきか,固相表面近傍の局所領域の原子配列を見るだけで容易にわかる.そのような局所ルールを満たしたときにエネルギーの利得が最も大きくなるような原子間相互作用となっていれば,結晶が物理的に成長可能となるわけである.</p><p>準結晶も結晶と同様に溶融状態から冷却の過程で核発生–成長により形成する.このとき周期的秩序の代わりにフィボナッチ配列のような準周期的秩序をもった準結晶がどのような機構で正しく成長できるか,自明ではない.成長の際に原子がつくべき位置を常に正しく決めるような局所ルールは一見存在しないように思われ,準結晶の成長機構の解明は準結晶発見当初から重要課題の一つと考えられてきた.これまでにこの問題に関して多くの理論的な考察がなされ,様々な理論モデルが提案されてきた.特にOnodaらは2次元準結晶のモデル構造であるペンローズタイリングについてその成長を可能とする局所ルールがあることを発見し,そのようなルールに基づいた成長モデルを提案した.これは現在までに最も支持されている成長モデルとなっているが,その実験的な検証はなされてこなかった.</p><p>そこで我々は,透過電子顕微鏡による高分解能観察法を使って,準結晶が成長する様子をその場観察することを試みた.用いた試料はAl–Ni–Co系の正10角形準結晶である.まず,溶融状態から急冷することにより準結晶の微細粒の多結晶試料を作製し,電子顕微鏡の中で試料を1,183 Kまで加熱して,準結晶粒が成長する過程をその場観察した.その結果,成長過程で頻繁に配列の間違いが導入され,その後その間違いが修復される過程が繰り返されることがわかった.そのような間違いの導入と修復は,成長先端部にとどまらず,成長先端から20 nm程度内側までの比較的広い領域で観察された.これは,Onodaモデルのように局所ルールにより常に正しい構造を保ちながら原子がついていく理想的な成長様式とは異なっている.準結晶が安定平衡状態であれば,常に正しい構造を保って成長する機構が働かず頻繁に間違いが導入されても,その後の原子の再配列による修復によって正しい準結晶構造が実現するはずである.我々の観察結果は,現実の準結晶の秩序形成がそのような機構によることを示唆している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (10), 619-624, 2020-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

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