フェルミウム原子核で起きるユニークな核分裂――動力学模型の視点から

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タイトル別名
  • Origin of the Dramatic Change of Fission Mode in Fermium Isotope Investigated Using Langevin Equations
  • フェルミウム ゲンシカク デ オキル ユニーク ナ カクブンレツ : ドウリキガク モケイ ノ シテン カラ

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抄録

<p>核分裂は,有限量子多体系の中でも質量数の大きな核子系に特徴的な,非常にユニークな現象である.これは核力による引力と陽子間のクーロン力による斥力との競合によって生じ,陽子数の大きな原子核では後者が勝るため,核分裂した後の2つの原子核の方が安定となることに起因する.</p><p>基底状態の原子核から核分裂するに至る途中の経路にはエネルギー障壁があり,トンネル効果によって自発核分裂する場合,その部分半減期は障壁の高さと厚さによって決まる.ウラン近辺の原子核は,古典的液滴模型が予測するように真っ二つに割れる(対称分裂)のではなく,質量数100程度と140程度の異なる質量数に分かれる(非対称核分裂)ことが知られている.</p><p>質量非対称に分裂する理由は原子核内の殻構造に起因すると考えられるが,歴史的には原子核のもつ「魔法数」を明らかにすることと深く関わっている.魔法数とは,原子における希ガスのように,周辺の原子核に比べて安定となる核子数である.</p><p>液滴模型は,原子核のバルクな束縛エネルギーをよく再現するものの,実験的事実である原子核の魔法数を説明することができない.原子の周期性は,個々の電子が他の電子とは無関係に固有な軌道の上を運動するという,独立性に起因する.MayerとJensenらは,この概念を原子核中の核子の運動に取り入れ,独立粒子模型(殻模型)によって魔法数を説明することに成功した.液滴模型と殻模型という一見相反する模型の融合によって原子核の性質を系統的に説明できる点は,有限量子多体系である原子核の性質の巨視的な振る舞いと微視的な振る舞いの特徴によるものである.こうして,ウラン領域の非対称分裂は,殻構造によって安定化される核分裂片を形成するために起こると考えられてきた.</p><p>その後,さらに陽子数が多い原子核の分裂が調べられ,対称分裂を好むものがいくつもあることがわかってきた.特に,フェルミウム(原子番号100)では,フェルミウム257から258へと中性子が1個増えるだけで非対称分裂から対称分裂へと分裂様式が大きく変わる.しかも,分裂片の質量分布が極めてシャープになるという,通常の非対称分裂には見られない特徴があり,それはウランの核分裂と異なる殻構造が支配していることを示唆している.</p><p>核分裂の質量対称性・非対称性を理解するため,これまでは主に,原子核の形状(変形)を定義し,それぞれの形状に対して殻構造を取り入れたポテンシャルエネルギー曲面を計算することによって,この変形パラメータ空間内における核分裂経路を見出す手法が採用されてきた.しかしそれだけでは,フェルミウムの核分裂で観測された,中性子1個の違いで分裂様式が突然変化する理由を明確に説明することができなかった.</p><p>そこでわれわれは,ポテンシャル曲面上をベースに原子核形状が時間発展する,動力学模型によって核分裂過程を調べた.その結果,核分裂の対称・非対称の変化を生むメカニズムを理解するに至った.重いフェルミウム同位体になると,シャープな対称核分裂につながる鞍部点が下がり,ウランなどでよく知られている非対称核分裂の鞍部点と競合する.このポテンシャル起源の要因に加え,原子核固有の振動運動によってこれら競合する鞍部点のどちらかが選択されるという,動力学的要因が分裂様式の決定に重要な役割を果たすことが明らかになった.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (10), 631-636, 2020-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

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