銀河間ボイドの化石磁場から探る初期宇宙の物理

  • 鎌田 耕平
    東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • Exploring Physics in the Early Universe through the Intergalactic Void Magnetic Fields
  • ギンガ カン ボイド ノ カセキ ジバ カラ サグル ショキ ウチュウ ノ ブツリ

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抄録

<p>電弱相転移のスケールよりはるかに高いエネルギースケールが実現されていた可能性のある初期宇宙は,素粒子標準模型や一般相対論を超えた物理を探索するための良い実験場である.しかし,現在までの宇宙観測の結果は最もシンプルな模型でよく説明できるものであり,初期宇宙の模型の区別をつけるような情報は得られていない.さらに,加速器実験や暗黒物質の直接検出実験は,標準模型を超える物理の存在を示すような有意な結果を示していない.標準模型や一般相対論を超えた物理に迫るためにはこれまでとは違った方策が必要であろう.</p><p>そこで注目したいのが銀河間ボイド磁場である.銀河間ボイド磁場は,2010年頃からその存在が具体的に指摘されはじめた.これは赤方偏移z~0.1程度の宇宙論的距離にある高エネルギー天体,ブレーザーから放射されるTeVスケールの光子にともなうGeVスケールのカスケード光子が観測されない,という実験結果に基づく.カスケードプロセスの中間状態として銀河間ボイド中に生成される電子陽電子対が磁場によって軌道を曲げられたのであれば,GeVカスケード光子が観測されないことを説明できるのである.その後の観測によってGeVカスケード光子の非到来は,より確かなものになり,銀河間ボイド磁場による説明は有望なものの一つとなっている.この仮説を受け入れた場合,磁場の起源を求めることが次のステップであるが,銀河間ボイドには大きな構造を持った天体が存在しないため,磁場の起源を初期宇宙に求めることは自然な発想である.さらに,銀河間ボイド磁場の起源としての初期宇宙磁場が引き起こす初期宇宙の諸現象,そしてその生成機構を調べることにより,これまでと違った観点から,初期宇宙の物理,そして素粒子標準模型や一般相対論を超えた物理を探索することが可能になる.</p><p>このような動機に基づいた研究成果として,初期宇宙論と素粒子理論にまたがる問題である物質反物質非対称が,初期宇宙磁場によって説明しうることが発見されたことが挙げられる.物質反物質間の対称性は,標準模型のU(1)ゲージ相互作用のカイラル量子異常によって破れるが,初期宇宙の高温状態ではその効果は効かないと考えられていた.しかし,初期宇宙に比較的大スケールに磁場があるとすれば,まったく話が変わる.特に電弱相転移期にそれ以前に存在していた磁場から,カイラル量子異常を通じて物質反物質非対称が生成されるのである.この機構が働くためには,磁場がヘリシティを持つことが必要である.</p><p>このシナリオのもとでは,次に物質反物質非対称を説明できるような磁場を生成する機構を考えねばならない.実際,このような方向性として,インフレーションを起こすスカラー場とU(1)ゲージ場に異常結合を入れる方法や,近年ハドロン物理や物性物理でも注目を集めているカイラル磁気効果を用いる方法が詳しく調べられ始めている.</p><p>残念ながら,銀河間ボイド磁場と物質反物質非対称を同時に説明するような自然な初期宇宙の磁気生成機構はいまだ提案されていない.しかし,銀河間ボイド磁場と物質反物質非対称を軸として初期宇宙を探る試みは始まったばかりである.新たな知見が積み重ねられ,より有望なシナリオが提案され,実験,観測的な検証が進められていくことを期待する.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (6), 329-334, 2020-06-05

    一般社団法人 日本物理学会

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