量子スピン液体相近傍での磁気モーメントの分子内分裂

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タイトル別名
  • Intramolecular Fragmentation of Magnetic Moments Near Quantum Spin Liquid
  • 最近の研究から 量子スピン液体相近傍での磁気モーメントの分子内分裂
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ リョウシ スピン エキタイソウ キンボウ デ ノ ジキ モーメント ノ ブンシ ナイ ブンレツ

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抄録

<p>分子が自己組織的に集合し固体となっている分子性固体には,金属元素のみからできた化合物や金属酸化物などの無機固体にはない特徴がある.分子は多数の原子が集まった集合体であるため,分子性固体のユニットセルは非常に大きくなる.また伝導性や磁性を担うπ共役電子は分子上で非局在化しており,それらの分子間における相互作用は相対的に小さいため試料に対する圧力や電場印加などの摂動により容易に電子状態を変化させることが可能となる.</p><p>近年,分子性固体はこの「柔らかさ」という力学的特長以外に,固体中電子の量子性を巧みに取り出すのに適した物質系なのではないか,という認識がひろがりつつある.200 Kを超える転移温度を示すH2SやLaH10などの超伝導は高圧力下で分子がポリマー結晶化し巨視的量子現象として発現した例である.</p><p>物質の磁性に着目する.磁性の起源は結晶格子点に局在した電子スピンである.本稿で扱う(Cation)[Pd(dmit)2 ]2では1価のカチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)が1 : 2の比で存在する.アニオンである2つのPd(dmit)2分子は,2分子がほぼ正対した二量体[Pd(dmit)2 ]2を形成しており,これが1つのS =1/ 2電子スピンをホストする[Pd(dmit)2 ]2二量体を形成する.二量体どうしのスピン間相互作用は(近似的に)二等辺三角形ネットワークを形成し,二等辺と対辺の比に依存した多彩な磁性相を作り出す.磁性層間の相互作用は小さいため,本系は良好な二次元S =1/ 2量子スピンのモデルを与える.</p><p>反強磁性相互作用のある二次元正方格子では,絶対ゼロ度ではスピンはアップ・ダウンが交替した秩序状態を作る.しかし,電子スピンが三角形ネットワークを形成するとき,強い量子揺らぎによりスピンの整列は阻害され,量子スピン液体という非自明な磁気状態となる可能性が指摘されている.量子スピン液体は通常の古典的な秩序と異なり明確な対称性の変化を伴わないため実際の物質開発は難しく,またスピンの有する量子性を機能として取り出すことに成功していない.</p><p>一方これまでに分子性固体の複数の物質が量子スピン液体の候補物質として挙げられており多方面からの研究が行われている.</p><p>われわれは分子性量子スピン液体EtMe3Sb[Pd(dmit)2 ]2と磁気相図上で隣接する反強磁性状態の核磁気共鳴スペクトルを測定し,2倍にもおよぶ大きさの違いを有する二種類の磁気秩序モーメントを観測した.秩序モーメントは分子二量体にホストされたS =1/ 2スピンに由来することから通常ならば分子内で位相を揃えた一体のアップまたはダウンのモーメントが期待されるが,今回の実験は秩序モーメントが分子内で分裂することを示している.</p><p>この新規磁気構造は分子のもつ多軌道性と密接に関連していると考えられる.分子を理解するための福井謙一のフロンティア軌道理論はHOMO/ LUMOという2つの分子軌道で理解される.両者は孤立した分子では混ざり合わないが,固体中の分子間ではそれが可能となり,個々の電子スピンに豊かな個性を与えうることをこの成果は主張する.さらにこの個性は分子設計による制御が可能である.エネルギー階層の大きく異なる量子スピンと分子軌道の強い相関が示されたことで,量子揺らぎのようなミクロな世界の効果をマクロに取り出せるような新機能物質の開拓が可能となるだろう.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (7), 433-438, 2020-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

被引用文献 (1)*注記

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