文化地理学は学問の総合性を取り戻せるか?

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • Can cultural geography regain holistic inquiries to understand human-environmental systems?

抄録

<p>問題の所在</p><p> 本稿の準備のために、1989年に出版された『文化地理学』を読み返していて「文化地理学とは何か」というアンケート結果の紹介に目が留まった。これは大島襄二氏が1980年IGU東京大会の準備に際し、川喜田二郎、谷岡武雄、米倉二郎、藪内芳彦といった当時の第一線・重鎮の地理学者たちに対しておこなったものである。回答を具体的に述べる紙幅はないが、上に挙げた多くの地理学者が総合的な学問としての文化地理学を構想し、目指していたことがその回答内容からわかる。大島氏はその結果をうけて、「文化地理学は人文地理学を超えるものとして、従来の地理学が扱わなかったものも含めて、総合的・学際的視野から文化そのものを総体・複合体として扱う」ものとして文化地理学を(一案として)位置づけている。IGU東京大会から40年が経過した現在、総合的視野から個別具体的研究を位置づけようとする意思は地理学界のなかで後退し、地理学の粒子化がよりいっそう進んだようにも見える。もしそうだとすれば原因はなんだろうか。例えば当時大島は、文化という概念が多様で統一性を欠いたものであることに懸念を表明している。文化地理学の退潮と地理学の粒子化の一因にこのような問題があるかは定かではないが、一方でこの40年の間に、文化を経済行動を含む人間行動や、その社会の基盤的要素とみなし、文化の動態を解明することから人間活動やその歴史の統一的な理解・説明を目指す大きな学際的うねりがみられる。地理学周辺で起こるそうした動きをみながら、地理学の学問の総合性を取り戻す可能性について議論したい。</p><p></p><p>文化進化理論の学際的展開 </p><p> 地理学(学問)が総合的であるために必要な要素とは何だろうか。報告者は少なくとも、全ての時空間上(時代・地域・スケール)での人間活動の動態、および人間と環境の動態的関係を統一的に理解・説明する理論・枠組みが不可欠であると考える。この報告では、前者を文化進化理論にもとづく近年の研究動向に、後者を環境適応(文化的適応)にもとめる。例えば完新世以降の人間社会・文化の動態を環境適応の側面を含めて総合的に説明した好例として、J.ダイアモンドやP.ベルウッドなどの研究が挙げられるだろう。ダイアモンドの研究は日本でもよく知られているが、彼の研究の背景にはこの40年来の文化進化に関する理論の展開があることをふまえることが重要であると考える。1980年代以降、文化を離散的な単位として、人から人へ伝えられ蓄積・変化する情報と捉え、ミクロ・マクロな文化動態を統一的に理解し、さらには文化動態と環境適応との関係の具体的理解を促す研究潮流が、人類学、考古学、歴史学、経済学、政治学、心理学などの分野で展開している。理論面での大きな貢献者として、R.ボイドやL.L.カヴァリ=スフォルツァなどの人類学者が挙げられる。彼らは、生物進化の理論と同様に、文化進化を経路依存的で自然選択をともなう文化の動態とみなして構想した。文化を人から人へ、世代から世代へ伝えられる経路依存的な情報の流れとみなすことによって、従来は解くことが困難であった様々な問題に答えを与える試みがなされている。そのなかには例えば、ある文化がある地域にみられるのは、環境適応の結果なのか、それとも人の移動の結果なのか、あるいは情報だけが広がったものなのか、といった問いが含まれる。こうした手法は、小規模な伝統社会の文化の持続・変容の研究から、現代世界において近代的価値観がなぜ拡大し、なぜ地域差がみられるのかといった、グローバルな社会文化動態の研究にまで広がっている。</p><p></p><p>議論したいこと </p><p> 報告では、上記の動向を、様々な分野の様々なスケール・時代での具体的な研究例をまじえて紹介し、その上でもう一度地理学が総合的な問いを取り戻すための可能性について議論したい。その際に一つ肝要なことと思われるのは、個別具体的な研究を総合的・包括的な理論に結びつけるリンクであろう。</p><p></p><p><文献></p><p></p><p>大島襄二 1989. 文化地理学の展望. 大島襄二・浮田典良・佐々木高明編著『文化地理学』367-389.古今書院.</p><p></p><p>[本発表のもとになった調査はJSPS科研費(18K185390)「系統解析手法を用いた知識の伝達・継承・変容・拡散に関する実証的研究」を用いた。]</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1391412326427054208
  • NII論文ID
    130007949279
  • DOI
    10.14866/ajg.2020a.0_83
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ