単一タンパク質分光でみえる光合成の光反応制御に関わる複数のタンパク質構造揺らぎ

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タイトル別名
  • Single-Protein Spectroscopy Reveals Multiple Protein Conformational Fluctuations Regulating Photosynthetic Light Harvesting
  • タンイツ タンパクシツ ブンコウ デ ミエル コウゴウセイ ノ ヒカリ ハンノウ セイギョ ニ カカワル フクスウ ノ タンパクシツ コウゾウ ユラギ

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抄録

<p>複雑な機能をもつ機械の動作原理を探るには,部品ごとに分解して構造を見てみるのが手っ取り早い.精巧な時計などは1千点以上の部品が組み込まれており,1つ1つが各々目的をもって設計されている.精密な分子機械である生体系では,機能的な最小単位であるタンパク質が部品となり系を構築する.ここでも構造情報は何よりも大事である.近年ではX線結晶回折法やクライオ電子顕微鏡を用い,タンパク質構造を原子分解能で可視化できるようになった.</p><p>一方で,タンパク質のような複雑な高分子は無数の構造自由度をもち,数多くの準安定状態が存在する階層的なエネルギー地形となる.そのため,通常の生理環境下では熱的な摂動を受け,構造が絶えず揺らいでいる.また,環境条件(温度やpHなど)が変化すると,それに応答する形で構造も歪む.金属材料などの安定物質で構築される一般的な機械とは大きく異なる点である.特に,機能分子近傍の構造変化は,分子物性(エネルギー準位や酸化還元電位など)や反応効率(分子間距離や配向に依存)に大きく寄与するため,生体機能そのものに影響し得る.そこで,分子動力学計算などを用いて構造揺らぎや構造変化の影響が調べられ,最近では光合成タンパク質などの巨大で複雑な系の解析にも成功している.このように,計算科学主導で生体系の動的挙動と機能の相関が研究されている.</p><p>これに対して実験的な解析例は非常に少ない.問題は,構造揺らぎや構造変化のトリガー制御が難しく,レーザーなどで同期測定できない点にある.さらに,通常の溶液系を対象とした光学測定では数兆~数京(1012~1016)個の粒子を一度に観測するため,不規則かつ微小な構造変化は平均化されて観測できない.このような場合に単一タンパク質分光が威力を発揮する.タンパク質1粒子ごとに蛍光強度,寿命,スペクトルなどの時系列データを解析することで,アンサンブル測定では顕わにならない動的特性を評価できる.</p><p>そこで,タンパク質の構造揺らぎという新たな指標を用い,光合成光反応の制御機構を調べた.光合成系には光捕集アンテナタンパク質が存在しており,光を効率良く吸収し,光電変換を担う反応中心タンパク質へ光エネルギーを輸送する.その量子収率はほぼ100%に達しており,弱光下でも持続的に光合成反応を行える.逆に強光時は光吸収が過剰になり,系が損傷してしまう.従って,光環境変動に対応するための防御機構が備わっているはずである.</p><p>アンテナタンパク質LHCSR1は強光下で大量に生成され,過剰な光エネルギーを熱として捨て去る光保護機能をもつ.単一LHCSR1の蛍光を観測すると,蛍光の強度と寿命が時間とともに変動した.強度と寿命の2次元で統計分布を調べ,色素近傍の構造揺らぎに伴うエネルギー輸送のON–OFFスイッチ現象を明らかにした.さらに蛍光寿命の揺らぎの相関解析から,単一タンパク質内に存在する複数の揺らぎ成分の定量評価に成功した.LHCSR1には複数の色素が結合しており,それらが各々別々に揺らぐことで,個別のON–OFFスイッチとして機能している.</p><p>強光下では光反応に伴う水の酸化が増加し,生体内のpHが低下する.そこで低pH条件で解析を行ったところ,各ON–OFFスイッチで揺らぎ特性が変化し,エネルギー輸送能が低下した.つまり光合成系は,光環境の変動に応じてタンパク質の局所的な揺らぎ特性を変化させ,エネルギー輸送量を調整し,光反応のフィードバック制御を実現している.生物はタンパク質の構造柔軟性を巧みに利用し,環境変動に賢く対応している.生体系の本質に迫るには,これら動的な物性の理解が必要不可欠である.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (1), 17-22, 2021-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

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