シリコン量子ビットの高温動作

  • 大野 圭司
    理化学研究所研究開拓本部
  • 森 貴洋
    産業技術総合研究所デバイス技術研究部門
  • 森山 悟士
    物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点

書誌事項

タイトル別名
  • A High Temperature Silicon Qubit
  • 最近の研究から シリコン量子ビットの高温動作
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ シリコン リョウシ ビット ノ コウオン ドウサ

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抄録

<p>二つの量子状態|0〉と|1〉の重ね合わせを表現する量子ビットは量子計算機の構成要素としてだけでなく,それ単体であっても量子計測などの有用な用途が期待されている.これまでに超伝導体回路や原子,イオンなどの量子二準位系を用いた様々な量子ビットが研究されているが,そのひとつにシリコン単結晶中の局在電子がもつスピンを用いた量子ビット―シリコン量子ビット―がある.シリコン量子ビットは既存のシリコン技術との整合性が高く,シリコン集積回路との良好な接続性が期待できるだけでなく,材料・設計・加工・検査などに関する膨大なシリコン技術の蓄積を活用することができる.</p><p>従来は天然Siに含まれる同位体29Si(存在比4.7%)がもつ核スピンI=1/ 2が作る不均一な磁場によって量子ビットである局在電子スピンのコヒーレンス時間が制限されていた.しかし近年では核スピンをもたない28Siのみを含む同位体制御材料を用いることで,コヒーレンス時間が飛躍的に伸びている.一方で,これまで研究されてきたシリコン量子ビットは,制御性やスケーラブルな量子ビット間結合を優先して設計・開発されており,超伝導量子ビットと同様,その動作温度は極低温(0.1ケルビン以下)にとどまっていた.そこで我々は,超伝導にはないシリコンならではの新たな可能性として量子ビットの動作温度に着目し,制御性や量子ビット間結合といった上記の課題はひとまず置いておき,動作温度の向上を最優先課題として取り組んだ.もし室温で動作するシリコン量子ビットが実現すれば,既存のシリコン技術で安価に大量生産することが可能となり,従来型シリコンエレクトロニクスと融合した新たな応用も期待できよう.また,室温とはいかないまでも,従来よりもずっと高温で動作する量子ビットが得られれば,その評価は小型・安価な冷凍機ですみ,試料交換も迅速にできるようになる.それにより研究開発にかかる費用・スペース・時間が大幅に低減され,研究開発が加速するはずである.</p><p>シリコン量子ビットはシリコン中の局在した電子のスピン状態を用いる.これまでの研究では,局在電子として量子ドット構造に閉じ込められた電子や,リンなどの不純物に束縛された電子が用いられてきた.しかしながら高温動作のためには熱雑音に負けないように,より強く局在した電子を用いる必要がある.シリコンにはリンやホウ素といった一般的な不純物(浅い不純物)以外に,強く局在した深い不純物が数多く知られており,これらは浅い不純物と同様に既存の技術でシリコンに導入することができる.その中には2種の不純物元素が対となって深い準位を形成しているものもあり,本研究で用いたのはアルミニウムと窒素の不純物対からなるものである.深い不純物の状態を電気伝導測定によって調べる手段として,トンネル電界効果トランジスタ(TFET)素子構造を採用した.それにより,深い不純物を介した単一電子伝導を観測し,その動作が室温においても再現することを示すことができた.さらに深い不純物に加えて浅い不純物を補助的に用いることでスピン閉鎖を用いた高温でのスピン量子ビットの読み出しに成功,従来よりも2桁高い10ケルビンでの量子ビット動作を実現した.今後,不純物準位の最適化により更なる高温動作も可能と考える.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (8), 472-477, 2020-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

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