ミュー粒子稀崩壊現象の探索で迫る素粒子標準理論の先の世界

  • 大谷 航
    東京大学素粒子物理国際研究センター

書誌事項

タイトル別名
  • Exploring beyond Standard Model of Particle Physics with Search for Rare Muon Decay
  • ミュー リュウシ キ ホウカイ ゲンショウ ノ タンサク デ セマル ソリュウシ ヒョウジュン リロン ノ サキ ノ セカイ

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抄録

<p>素粒子物理学の大きな目標は,時空と物質を統一的に記述する究極の物理法則を解明することである.その目標への取り組みは道半ばであるが,これまでに我々が手に入れた素粒子の標準理論は,実験事実のほぼすべてを矛盾なく説明するなど大きな成功を収めてきた.しかしながら,宇宙の暗黒物質の正体・消えた反物質の謎・宇宙創生期の素粒子と力の大統一の理解などさまざまな根源的な未解決課題が残されており,残念ながら標準理論はその答えを我々に与えてくれない.超高エネルギーで成立するより普遍的な究極理論が存在し,標準理論は低エネルギーでの近似理論に過ぎないと考えられている所以である.</p><p>現在の素粒子物理研究のほぼすべてが,この標準理論を超える究極理論を求める取り組みであると言ってよい.たとえば,最高エネルギー加速器LHCでは,標準理論を超える新物理で予言される粒子を直接生成して発見することをめざして研究が進められているが,今のところ新粒子生成の兆候は得られていない.宇宙の暗黒物質が未発見の新物理粒子であるという仮定のもと,それを探索する実験が世界各地で実施されているが,そちらでもまだ何の手掛かりも得られていない.未だ新物理の兆候が見つからないこの状況は,新物理粒子が予想以上に重い可能性を示唆している.そんな中,重い新物理粒子の媒介で引き起こされる稀な現象の探索を通して超高エネルギーの新物理に迫る実験に注目が集まっている.</p><p>物質を構成する素粒子であるクォークとレプトンには3つの世代(フレーバー)がある.電荷をもつレプトン(電子・ミュー粒子・タウ粒子)のフレーバーを保存しない現象は,標準理論では厳しく制限されている一方で,新物理ではほんのわずかではあるが観測可能な確率で起こることが予測されており,新物理を検証する強力なプローブとなり得る.</p><p>MEG実験はミュー粒子が電子とガンマ線に崩壊するレプトンフレーバーを保存しない現象μ→eγ崩壊を世界最高感度で探索する実験である.これまでの実験を大きく上回るMEG実験のμ→eγ探索感度は,スイス・ポールシェラー研究所(PSI)の世界最大強度のミュー粒子ビームと,独自に開発した革新的な測定器により可能となった.MEG実験は,既に新物理が予測するμ→eγの頻度を検証することが可能な感度をもっており,現象の発見に大きな期待が寄せられている.</p><p>第一期実験では,2009年から2013年の間にデータ取得を行い,2016年には全データを用いたμ→eγ探索結果を報告している.探索感度は以前の実験に比べて大幅に改善したが,残念ながらμ→eγ現象の発見には至らなかった.その一方で,超対称大統一理論など有望な新物理理論に対して厳しい制限を課すことになった.</p><p>現在,さらに探索感度を改善したアップグレード実験MEG IIの準備が進められている.倍増するミュー粒子ビーム強度と,大幅に性能を改善した測定器によりMEG実験に比べ約10倍の探索感度を達成できる見込みである.現在すべての測定器の建設が終了し,実験開始に向け急ピッチで準備が進められている.実験開始後およそ4,5年で目標感度に到達することをめざしているが,順調に行けば最初の数か月でMEG実験の感度を凌駕することになる.それ以降は前人未踏の領域であり,すぐにでもμ→eγ現象が発見される可能性がある.</p><p>μ+NeNNは原子核),μ→3eなど,μ→eγ以外のレプトンフレーバーを破る稀な現象を探索する他の実験も数年の内に開始される見込みであり,それらも合わせて総合的に標準理論を超える新物理の正体に迫っていく.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (9), 559-564, 2020-09-05

    一般社団法人 日本物理学会

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