漢文訓読史上の一問題(七) : 「名ヲバ……トイフ」というよみかたについて(<特輯>遠藤嘉基博士還暦記念)

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説明

漢訳仏典の「名-」・「号-。」の文を訓読する場合に、現在の訓読法では下から上へ単純に返読して「-ト名ヅク。」・「-ト号ス。」とよんでいる.しかし、平安時代初期の西大寺本金光明最勝王経白点・立本寺本妙法蓮華経明詮点等の用例を調査すると、これらの文を現在の訓読とはちがって「名ヲバ-トイフ。」と反覆してよむ傾向が見られる。これは、「曰-。」等の文を「イハク-トイフ。」とよむのとまったく同じであることに気付く。要するに、「名-。」等の文を平安時代初期の訓読では「名ヲバ-トイフ。」とよんでいたのが、後期ごろから「-ト名ヅク。」とよむようになったことが判る。さて、右のような訓読をする理由としては、次のこつの問題が考えられる.第一には、「名-。」と似ている漢文の書きかたの影響である。漢訳仏典には、「名曰-。」「号曰-。」・「名為-。」のような書きかたがしきりに用いられているが、これに「名ヲバ-トイフ。」という反覆形のよみかたが結びついてしまって、それが今、問題にしている「名-。」の文をよむ場合にも、表われたものと見られよう。第二には、不必要な誤解を防ぐためである。初期の訓読文は、はなしことば的な一面もあったと思われるが、現在の訓読のように「-ト名ヅク。」と補語をつらねて下から返読すると、補語が長大なことの多い漢訳仏典の場合、文意が非常に判りにくく、意味をとりちがえる恐れが多分にある。右のような危険をさけるために、最初に「名ヲバ」とよんで補語のくることを予想させ、仏の名号をつらね、終りに「トイフ」をよみそえて文意を明瞭ならしめたのであろう。ところが、時代が下ると、初期点本における意訳的な訓法がすたれ、直訳的によまれるようになった。その結果、「名-。」の文は下から上に返読されるだけの訓法になってしまったのである。

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