粉河寺縁起絵巻考: 巻頭部の復原をめぐって

抄録

和歌山県那賀郡の粉河寺には、十二世紀後半頃に製作されたと推定される一巻の縁起絵巻が伝存する。これは二話から成るもので、第一話は本尊千手観音像の造立讃、第二話はその利生諏である。本絵巻については、既に諸先学の論考があり、縁起の内容、説話集などに見られる漢文縁起との関係、構図および描法の特徴などが明らかにされている。しかしながら、なお不明な問題もいくつか残されている。その中で、本絵巻の理解を困難にしているものの一つに、罹災による巻頭部の焼損がある。このため第一段の詞書と絵の一部は失われており、また現存する部分においても、画面の上下には、波線状の焼痕が、次第に小さくなりながらも巻末に至るまで続いている。現在の巻頭には、焼け残った断片が並べ合わされているが、料紙の連続性が辛うじて認あられるのは第13片以降についてであり、それ以前の十二枚の断片の配列順序については、いささか疑問に思われる箇所がある。このような特殊事情により、本絵巻の冒頭部の内容は、現状からだけでは理解され得ないのである。この焼損の問題について、注目すべき復原的考察をはじめに提出したのは清水義明氏である。清水氏は、本絵巻の特徴である同一背景の反復表現に着目し、これを利用して焼失部分の一部復原を試みるとともに、各断片の描写内容についても多くの重要な意見を出された。これにより、十二枚の断片はかなりの程度まで整理されることになり、もはや付加し得るものは何も無いかのように見える。しかし、それにもかかわらず、相互関係の不明な断片はまだ残っている。そこで、本稿では、この復原問題に敢えてもう一考を加えてみようと思う。なお、本題にはいる前に、諸書に見える粉河寺縁起を通覧し、その問題点をまとめておくことにしたい。

収録刊行物

  • 文化財学報

    文化財学報 (2), 9-22, 1983-03

    奈良大学文学部文化財学科

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