ネギアザミウマの異なる生殖系統における合成ピレスロイド剤抵抗性機構と広域的・局所的分布に関する分子生態学的研究

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抄録

ネギアザミウマは体長1.1~1.6mmのアザミウマ目アザミウマ科に属する昆虫であり,全世界に分布する。本種は植物体の表皮を穿孔して吸汁し,野菜,花卉,果樹を含む広い範囲の作物を加害する。また,本種はブニヤウイルス科トスポウイルス属のトマト黄化えそウイルスやアイリス黄斑ウイルスを媒介する。これらのウイルスに植物体が感染するとトルコギキョウではえそ輪紋,ネギ,ニラなどではえそ条斑の症状が発生し,甚大な被害となる。日本に生息するネギアザミウマでは2つの異なる生殖型が報告されている。産雄単為生殖(以後,産雄型と表記)は未受精卵が雄,受精卵が雌となる生殖様式である。産雌単為生殖(以後,産雌型と表記)では雄が確認されず,未受精卵から雌のみが生じる。日本では,元々は産雌型が生息していたと考えられており,産雄型は1980年代後半に確認された。その後,産雄型の生息が日本各地で確認され,現在では産雌型よりも産雄型の割合が高まっている地域がある。また,産雌型と産雄型系統はしばしば同所的に生息するが,両者の比率は同一地域内でも圃場ごとに異なる。このような両生殖型の広域的・局所的分布を決定する要因は不明である。近年,本種では複数の殺虫剤に対する感受性の低下が報告されている。特に,産雄型の分布域において合成ピレスロイド剤に対する感受性の低下が著しい。合成ピレスロイド剤は,神経軸索の電位依存性ナトリウムチャネル(以下ナトリウムチャネルと表記)の開口状態を安定化し,脱分極を連続的に生じさせることによって殺虫効果を発揮する殺虫剤である。合成ピレスロイド剤に対する抵抗性は主に,1)標的であるナトリウムチャネルの感受性の低下,2)チトクロームP450(CYP450)などの解毒分解酵素活性の増大によって付与されることが多くの昆虫種で報告されてきた。ナトリウムチャネルは,1つのα-サブユニットと複数のβ-サブユニットで構成される。機能的に重要なα-サブユニットは4つのドメイン(I-IV)から構成され,各ドメインは6つの膜貫通セグメント(S)に区分される。本種における抵抗性には,ドメインIIS4-IIS6の918,929,1010,1014番目のアミノ酸部位における置換(M918T,M918L,T929I,V1010A,L1014F)が関与していることが報告されている。CYP450は小胞体もしくはミトコンドリアに局在する膜結合のタンパク質で,様々な基質を酸化する酵素として解毒をはじめとする様々な生体反応を触媒する。本種と同じアザミウマ科の一部の害虫においては,合成ピレスロイド剤に対する抵抗性にCYP450が関与していることが報告されている。

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