前立腺の予防医学 : 前立腺がん自然史モデルを中心に
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- 渡辺 泱
- 京都府立医科大学泌尿器科学教室
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説明
医学は治療医学と予防医学に分けられるが,現代の医学は治療医学のみが極端に発達した,いわば奇型の医学であるといってよい。それは,19世紀後半以降の外科的治療学および20世紀後半以降の抗生物質を中心とした内科的治療学の赫々たる成果によって,こと感染症疾患に関するかぎり,治療医学のみにて足れりとする風潮が近年とみに強まった結果である。しかし私たちは,あれほど人類に対して猛威をふるった急性伝染病や結核が過去のものとなった要因の第一が,実は生活環境の改善と積極的な患者の隔離という予防医学の施策にあったことを,決して忘れてはならない。戦後の技術革新は,必然的に社会の根本的な変革をもたらした。その変革の結果,感染症疾患は征圧され,代わって腫瘍が病気の主役として登場するにいたった。病気は社会の歪みのひとつであり,その時々の文化のあり方と密接に関連しつつ消長する。すなわち現代の文化のあり方は,腫瘍を生じやすい方向に大きく傾きつつあるといえる。このような動向に際して医学は,近年の風潮に従い,まず治療医学をもって対処した。しかしその結果は,これまでのところまさに失敗の連続であった。だから私たちは,今こそ感染症疾患の征圧の故知にならい,医学のもうひとつの強力な手段である予防医学に立ち帰る必要がある。腫瘍の予防医学の難しさは,腫瘍の成因が,感染症疾患のように個体の外にあるのではなく,それぞれの個体の内に存在するところにある。したがって患者の隔離を中心とした感染症疾患における施策とは,かなり異なったアプローチが必要となる。しかし最近の腫瘍の予防医学の発展は,それがむしろ治療医学を凌駕する可能性さえあることを,明らかに指し示すにいたった。そのような腫瘍の予防医学の施策と成果とを,前立腺疾患(がんおよび肥大症)を例に挙げて,私はこの講演の中で論じてみたいと思っている。
収録刊行物
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- 日本保険医学会誌
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日本保険医学会誌 85 14-29, 1988-01-20
日本保険医学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1574231876692233088
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- NII論文ID
- 110004697376
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- NII書誌ID
- AN00197853
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- ISSN
- 0301262X
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- CiNii Articles