現代米国の「教師の効果」( teacher effectiveness) 測定をめぐる論争状況―Value-Addedモデルに関する誌上討論を手がかりに―

書誌事項

タイトル別名
  • Recent Debates over Measuring“ Teacher Effectiveness” in the U.S. :Focusing on Journal Discussions on Value-Added Models
  • ゲンダイ ベイコク ノ 「 キョウシ ノ コウカ 」(teacher effectiveness)ソクテイ オ メグル ロンソウ ジョウキョウ : Value-Added モデル ニ カンスル シジョウ トウロン オ テガカリ ニ

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抄録

2000年前後の「学力低下」論争等を契機として学力向上政策が展開する中,わが国では学力テスト結果に対する「教える側の貢献度」への注目・期待が高まってきた。例えば,2007年以降実施されている全国学力・学習状況調査をめぐっては,テスト点数の高低やランク付けなど結果の公表が争点とされがちであり,「教える側」の責任を厳しく追及する動きもみられる。とはいえ,学力結果には家庭や地域の実状等が少なからず反映されており,学校や教師の努力・成果を正当に評価するものではない。こうした点を踏まえないまま上記の動向が進展すれば,学校や教師に際限ない努力が求められ,不条理かつ窮屈な教育を生む危険がある。  こうした問題を検討する上で示唆的なのが,現代米国の「教師の効果」測定をめぐる議論である。「教師の効果」(teacher effectiveness)とは,教師がいかに上手く仕事をしたかを高低で語ろうとする発想であり,米国では1920年代からその研究が緒に就き,1950年には米国で最も権威ある教育学会で研究委員会が立ち上げられる等,一世紀にわたり議論が蓄積されてきた(Lavigne & Good 2013)。本稿の立場から特筆すべきは,米国で厳しい学力テスト政策が進展した2000年代以降,「教師の効果」を問う際に学力テスト結果を重視する趨勢がみられる点である。例えば,2002年の「どの子も置き去りにしない法(No Child Left Behind Act:以下NCLB法)」では,学力向上に対する「学校=教師集団」の責任が追及され,続く2009年の「頂点への競争(Race to the Top:以下RTTT)」プログラムでは,「教師個人」に対してまでも責任が問われるようになった。とりわけRTTTプログラムで教員評価結果を教師の報償・解雇等と結びつける「人事直結型教員評価(highstakes teacher evaluation)」(髙橋 2021)が推奨され,そこで学力テスト結果を偏重する 向きがある点については論争を呼んでいる。  このように,米国ではわが国よりも厳しいテスト政策が進展する中で深刻な問題も散見される一方(cf:北野・吉良・大桃 2012),学力結果に対する「教師の効果」測定をめぐって慎重に議論が重ねられてきた点は注目に値する。その中心的論題となっているのが,Value-Addedモデルと呼ばれる比較的新しい測定原理である。その特徴については後述するが,これは統計技術やビッグデータに伴う測定技術の高度化を背景に,テスト点数のうち「教師が貢献した部分」を分離・析出する試みが制度化されたものと説明できる1 )。米国では1990年代初頭にテネシー州で運用が開始され,とりわけ上述のRTTTプログラムで「人事直結型教員評価」の指標に同モデルが推奨された経緯等から,政策的な広がりをみせてきた。  では,連邦政策の影響下で学力テスト結果を通じた「教師の効果」測定が広がる中,具体的にどのような議論が展開し,何が論争点となってきたのか。この問題関心から本稿で着目するのが,Value-Addedモデルに関する複数の誌上討論である。米国では上述した連邦政策の展開に伴い,とりわけ2000年代以降同モデルに関する議論が盛んになってきた。こうした議論がまとまった形で刊行されることもあり,例えば2015年に刊行された米国教育に関する機関誌Educational Researcherの特集では,Value-Addedモデルをテーマにした共同討議が組まれている。この共同討議についてはわが国でも注目され,全国学会誌における海外の教育経営事情の一例として,米国の教員評価制度に詳しい藤村祐子が,いち早くその内容を整理・紹介した(照屋・藤村 2016)。なお,他の議論にも目を向けると,同特集よりも早い時期に,少なくとも3 つの誌上討論が実施されていることを確認できる。時系列に即してそれらを整理すれば,第一の討論は,2008年にワシントンD.C.で開催 されたワークショップの議論をまとめた報告書であり,別稿で既に紹介・検討した(小島2014)。第二の討論は,2012年にSAGE Publicationsが刊行した米国教育における論争集で展開されたマホニー(Mahoney, J.)とキヌキャン=ウェルシュ(Kinnucan-Welsch, K.)らの論争である。そして第三の討論にあたるのは,季刊誌Teachers College Recordで特集された2012年アリゾナで開催されたシンポジウムである。  後に詳しくみるように,第四の討論にあたる上述のEducational Researcherの特集も含めてこれらの誌上討論を比較・検討すると,第一の討論とそれ以降の討議ではその性質がやや異なっていることがわかる。つまり,Value-Addedモデルをめぐる議論は時期によって論点が異なっている可能性があるため,その展開を追ってこそ,基本的論点の洗い出しが可能になると思われる。第一の誌上討論については既述した通り検討済みのため,本稿では第二および第三の誌上討論を中心的に取り上げる。以下,これらの内容を考察・分析することを通して,特に2009年の連邦政策の影響を受けながら米国では「教師の効果」測定をめぐってどのような議論の展開があり,何が基本的論争点とされているのか,その論争状況を整理・分析することを目的とする。

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