モンゴル民族の婚姻儀礼に関する考察―内モンゴル自治区通遼市ホルチン左翼中旗の事例を中心に―

書誌事項

タイトル別名
  • Mongolian marriage etiquette―with special reference to Horqin Left Middle Banner, Tongliao, Inner Mongolia
  • モンゴル ミンゾク ノ コンイン ギレイ ニ カンスル コウサツ : ウチモンゴル ジチクツウリョウシ ホルチン サヨク チュウキ ノ ジレイ オ チュウシン ニ

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説明

本稿の目的は,モンゴル民族の婚姻儀礼の社会における位置づけ及びその各要素の変化の要因を検討することにある。1920年代から1990年代までのモンゴル民族の婚姻儀礼の変化を検討するために,1950年以前の婚姻儀礼については,フリーランドの1920年代の婚姻儀礼に関する研究及び青木富太郎の1940年代の婚姻儀礼の重要な要素となる結納品に関する研究を参考にする。そして1950年代から1990年代までの婚姻儀礼に関しては,内モンゴル自治区通遼市ホルチン左翼中旗を中心に実施した調査資料により記述・分析する。その結果,1920年代から1950年代までの婚姻儀礼については,その基本的な流れに変化が見られないが,婚姻儀礼の中で,男性側から女性側にあげる結納品についてみると,1920年代や1940年代の方が明らかに家畜の種類が多いことがわかる。反対に,1950年代以降は現金や洋服の布が圧倒的で,家畜は少ない。半農半牧地域のモンゴル民族においては家畜の数が少ないので,結納品が現金や物になったが,それは遊牧生活様式から半農半牧生活様式に変化した結果ではないかと思われる。 また1950年代から1990年代までの婚姻儀礼の連続性を4つの側面で考察した結果,どの年代でも結婚披露宴に相当なお金をかけて実施しており,社会的に重要な位置を占めている事が明らかである。そしてそこに,村全体の互助関係を読みとることもできる。さらに,婚姻儀礼の変化を4つの側面で考察した結果,1980年代の土地政策により,農民たちが経済的に豊かになったことと大きく関係していることが分かる。また,婚姻に対する親の関わり方の変化の説明としては,経済的な変化だけでなく,メディアの影響や生活レベルの向上により,古い価値観や伝統的な価値観から次第に自由になったことも重要な要因としてあげられる。

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