原子時計の発展と秒の定義に係わる国際勧告(交流)

  • 洪 鋒雷
    産業技術総合研究所計測標準研究部門

書誌事項

タイトル別名
  • Development of Atomic Clocks and the 2013 International Recommendation of the New Secondary Representations of the Second(Interdisciplinary)
  • 交流 原子時計の発展と秒の定義に係わる国際勧告
  • コウリュウ ゲンシ ドケイ ノ ハッテン ト ビョウ ノ テイギ ニ カカワル コクサイ カンコク

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説明

時間の単位である「秒」の定義は現在,セシウム原子のマイクロ波遷移に基づく原子時計で実現されている.セシウム原子時計は,これまで約10年に1桁の割合で精度向上を実現し,発明から50年以上経過した現在では16桁の精度を達成している.しかし,セシウム原子時計の精度向上はいよいよ限界に達している.その主な原因は,時計の周波数変動を引き起こす各種不確かさ要因の限界が16桁目にあることである.また周波数安定度も良くないため,測定には長い時間をかけて積算する必要がある.その結果,セシウム原子時計の精度評価に莫大な時間がかかり,研究の妨げになっている.ところで,原子の光の遷移周波数がマイクロ波と比べて5桁高いので,光遷移に基づく原子時計(光時計)を用いることで時計の相対精度が5桁上がる可能性がある.また,同時に周波数安定度も大幅に改善されるので,測定にかかる時間も大幅に短縮される.その結果,研究の進展がかなり速くなっている.さらに,周波数安定度の大幅な向上は光時計を重力ポテンシャルの高精度センサーとして応用する道を開いた.一般相対性理論では,重力は空間を歪ませ,時間の進みを遅らせる.地球上では,重力場が存在し,重力のない宇宙空間に比べて時間がゆっくり進むことになる.原子時計は重力ポテンシャル変化を測定できる唯一のセンサーである.ただ従来のセシウム原子時計だと,高い測定精度を出すには長い積算時間を要するので,その間に起きる重力ポテンシャルの変動は測定できない.光時計は地殻変動などで引き起こされる微小な重力ポテンシャル変動をリアルタイムでモニタリングできる可能性がある.光時計に関する研究の飛躍的な発展は,光時計の測定不確かさがセシウム原子時計で制限される事態を招いた.つまり,光時計同士の直接比較によって光時計がより良い再現性を持っていることを示せても,秒の定義であるセシウム原子時計の正確さ以上に周波数を測る(セシウム原子時計の正確さ以上の桁数で光時計の周波数を表現する)ことは原理的にできない.国際度量衡委員会は,このような状況を分析し,「秒の二次表現」という秒の再定義の候補リストを構築することを決めた.いずれセシウム原子時計に代わってより精度の高い光時計を秒の新しい定義にする予定である.そうすれば,新しい秒の定義の正確さも,またそれに基づく周波数計測の精度も少なくとも2桁は上がる見込みである.光時計は最も精密な量子標準であると同時に,物理の基礎的な問題を解決する上でも役に立つ.基礎物理定数は本当に定数なのか?それとも時間とともに変動するのか?宇宙モデルによっては,初期宇宙での基礎物理定数は現在と違って,さらに現在においても物理定数は変わっていることを示唆している.これまで,クェーザーの分光測定結果を解析することにより微細構造定数(α)のわずかな時間変化が導き出されたが,西アフリカのオクロ鉱山の20億年前の天然原子炉の解析ではクェーザーの測定結果を否定している.この問題を解決するもう一つのアプローチが実験室物理の精密計測である.大自然の中の数十億年の時間がもたらしたαの変動よりも,数年にわたる原子時計の微小な周波数変動のほうが精度良く測定できるかもしれない.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 69 (4), 196-203, 2014-04-05

    一般社団法人 日本物理学会

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