近藤絶縁体の量子振動と中性フェルミオン励起

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タイトル別名
  • Quantum Oscillations and Charge Neutral Fermions in Kondo Insulators
  • コンドウ ゼツエンタイ ノ リョウシ シンドウ ト チュウセイ フェルミオン レイキ

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説明

<p>「金属とはフェルミ面をもつ物質である.」これが金属の最も単純かつ正確な記述であろう.フェルミ面とは,エネルギーの低い状態から全部の電子を詰めたときに波数空間で電子で占められた状態と占められない状態の境をなす曲面のことである.フェルミ面とは「金属の顔」であり,金属で観測される様々な現象の多くはフェルミ面によって決定される.一方,絶縁体では電子のいない禁制帯にフェルミ準位があるためフェルミ面は存在しない.</p><p>フェルミ面の示す最も顕著な現象の1つが量子振動である.これはゼロ磁場で連続的であった電子の運動エネルギー分布が,磁場中でランダウ準位とよばれる離散的なものに量子化されることに起因する.このランダウ量子化により,電気抵抗や磁化などが磁場の逆数に対して周期的に振動し,その周期はフェルミ面の極値断面積に比例する.逆に言うと量子振動は,フェルミ面の存在を最も直接的に示す現象である.</p><p>絶縁体の中で,電子間の多体効果に起因して絶縁化した近藤絶縁体とよばれる化合物が古くから知られている.近藤絶縁体では,希土類原子のもつf電子の局在した磁気モーメントを伝導電子が遮蔽する近藤効果により,低温でエネルギー・ギャップが生じてフェルミ面が消失し絶縁体となる.</p><p>最近,近藤絶縁体の1つであるSmB6において,低温の絶縁体状態で磁化に量子振動が観測された.さらに別の近藤絶縁体YbB12の絶縁体状態において,量子振動が磁化だけでなく電気抵抗にも観測された.特にYbB12では,量子振動は試料の表面からではなくバルク状態に由来することがわかっており,量子振動の振幅の温度変化は,通常の金属で期待されるフェルミ液体的な振る舞いを示す.つまり,YbB12は絶縁体であるにもかかわらず,磁場中でフェルミ面をもつ金属のように振る舞うのである.さらにYbB12では,本来絶縁体ではゼロであるはずの電子比熱係数C /TT→0)と残留熱伝導度κ /TT→0)が,どちらも有限となる.これらの結果は,熱を運ぶギャップレスでフェルミ統計に従う電荷中性の準粒子(物質中で粒子のように振る舞う素励起,以下中性フェルミ粒子と略す)が存在することを示唆している.つまり,YbB12は電気的には絶縁体であるが熱的には金属のように振る舞うのである.</p><p>これらの近藤絶縁体の示す絶縁体とも金属とも区別することができない奇妙な電子状態に関してこれまで,エキシトン機構,複合エキシトン機構,マヨラナ機構,非エルミート型ランダウレベル形成機構,等の様々な理論的提案がなされているが,未だに理解されていない.またこれらの物質は,バルク部分は絶縁体であるが,表面においてはトポロジーにより保護された金属的な表面状態が存在することも明らかになり,トポロジカル絶縁体の一種であることも明らかになってきている.</p><p>これらのSmB6とYbB12で観測された一連の現象,すなわち「強相関電子系のトポロジカル相」,そして「絶縁体の量子振動」と「中性フェルミ粒子」の示す「絶縁体のフェルミ面」は,近藤絶縁体がこれまで考えられてきたものよりも,遙かにエキゾチックな性質をもつ新しい量子多体系である可能性を示している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (2), 87-92, 2021-02-05

    一般社団法人 日本物理学会

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