<論説>西周金文に見える小子について : 周の支配機構の一面

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タイトル別名
  • <Article>The Hsiao-tzu 子 in Chin-wen 金文 in His-chou 西周 the structure of the government under His-chou
  • 西周金文に見える小子について--西周の支配機構の一面
  • ニシアマネキン ブン ニ ミエル ショウシ ニ ツイテ ニシアマネ ノ シハイ

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説明

西周時代の金文に見える小子には、①小子、②余小子、③宗小子、④小子某、⑤某小子某、⑥大師小子某などの表現がある。従来、①の一部および②③の小子は文字通り小さな子を意味する語とされ、①の残りと④⑤⑥の小子は、小子が『周礼』に司馬の属として扱われていることから一般に無名と見做されていた。そして、その官名をめぐって、単に官名とする説、称号から官名に変化したとする説、属吏の汎称とする説の三説が存在していた。私は、④は周王室より分家した者の称号、⑤は王臣あるいは陪臣より分家した者の称号、⑥は⑤の一種、③は④の称号を持つ者が周王に対して自己を表現する語、①は、一部が④の称号を持つ者を構成員とする集団の名称、他は「若い者」という意味、②は①より派生したもので、王・諸侯・王臣が使う謙遜自称であり、同じく金文に見える「有𤔲」を諸官の汎称と考える。そして、以上のことから、西周の主従関係は、血縁的主従関係(小子の場合) と職務的主従関係(有𤔲の場合) との二本立てで成立しており、それが累層的に関連して支配機講を構成していたと考える。

収録刊行物

  • 史林

    史林 64 (6), 828-849, 1981-11-01

    史学研究会 (京都大学文学部内)

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