強い電子格子相互作用をもつ有機結晶の多彩な光誘起ダイナミクス (解説)

書誌事項

タイトル別名
  • A Variety of Dynamics in Organic Crystals Having Strong Electron-Lattice Interaction
  • 強い電子格子相互作用をもつ有機結晶の多彩な光誘起ダイナミクス
  • ツヨイ デンシ ゴウシ ソウゴ サヨウ オ モツ ユウキ ケッショウ ノ タサイ ナ ヒカリ ユウキ ダイナミクス

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抄録

物質に光を当てたときに起こる現象は,温度上昇により起こる現象とは本質的に異なる.温度を上げた場合,固体中の電子はフェルミ分布に,格子振動(フォノン)はボーズ分布に従うため,高温でも多くの電子やフォノンは基底状態付近に分布したままである.また温度上昇に際して系は熱平衡状態を保つため熱力学,統計力学を用いて記述できる.他方,光を当てた場合,電子やフォノンをその光子エネルギーに対応した状態へ直接励起することができる.この場合,電子やフォノンはそれぞれフェルミ分布,ボーズ分布から遠く離れた非平衡状態にあってそれらの温度は定義できず,またその状態の振る舞いを体系的に説明できる理論もまだない.そのため依然として物理において解明すべき重要な課題となっている.このような状態を,実験的に観測するにはどのようにすれば良いのであろうか?一般に物質の性質は,結晶構造と各原子の最外殻の電子,すなわち価電子により決まる.そのため結晶構造と価電子の変化を,光励起により状態変化が起こっている時間スケール,すなわちフェムト(10^<-15>)秒からピコ(10^<-12>)秒で観測できれば,時々刻々と変化する非平衡状態を知ることができる.現在では超短パルスレーザーの発達により,このような時間幅の光パルスを容易に得られるようになっている.また価電子や結晶構造の状態は,赤外から紫外にわたる分光スペクトルやX線などによる回折像から知ることができる.光励起状態において特異な物性を示す物質のひとつに,電子同士のクーロン相互作用が強く一電子近似が成り立たない強相関物質が挙げられる.中でも有機電荷移動錯体はその低次元性,柔らかい構造ゆえに,わずかな電場や圧力の印加によって著しい物性変化を示すだけでなく,光励起によっても構造相転移をはじめ様々な現象が現れることが期待される.特に電子と格子の間の相互作用の強い電荷移動錯体(EDO-TTF)_2PF_6では,これまでフェムト秒からナノ秒の時間スケールに対応した様々な超高速観測手段により,特徴的な光誘起相転移現象が明らかにされている.この物質は室温で金属的な1次元伝導を示し,280Kまで冷やすと電荷が局在化して絶縁体へ転移する.この絶縁体相に近赤外光(800nm,1.55eV)を当てると,光励起によって作り出された電子のコヒーレンスと分子内振動のコヒーレンスがともに20fs程度で失われ,代わって別の状態が40fsかかって現れることが明らかになった.後者の状態は,熱平衡状態とは異なる電荷秩序をもつ状態,すなわち光誘起相であり,電子相関と電子格子相互作用のバランスにより成立していることが,赤外から可視にわたる過渡電子スペクトル測定およびモデル計算により判明した.さらにこの光誘起相から100psかかって電荷秩序の融解および構造緩和が起こり金属相的な状態が生じることが,ピコ秒時間分解振動分光により見出された.これらの状態変化の全体をフェムト秒電子線回折を用いて観測すると,単位格子を構成する各分子が別々の時間スケールで動いている様子が見られ,このことが2段階で起こる相転移の原因となっていると考えられる.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 69 (8), 531-540, 2014-08-05

    一般社団法人 日本物理学会

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