胎生期の逆転写酵素阻害曝露による脳発達異常のメカニズム
-
- Kei AOYAGI
- 九州大学大学院 医学研究院
-
- Hideyuki NAKASHIMA
- 九州大学大学院 医学研究院
-
- 中島 欽一
- 九州大学大学院 医学研究院
書誌事項
- タイトル別名
-
- Mechanism of aberrant brain development induced by exposure to the reverse transcriptase inhibitor during fetal stages
説明
<p> 自閉症スペクトラム症(ASD)とは、社会的コミュニケーションの障害、反復行動、こだわりを特徴とする発達障害である。その有病率は年々増加しており、現在は約50人に1人と非常に高い。ASDの原因遺伝子はいくつか同定されているが、ほとんどの症例では原因遺伝子すら同定されておらず、有効な治療戦略も確立されていない。</p><p>ASDは胎児期から始まる脳発達の異常によって発症することが知られている。これまでの先行研究から、ASD患者の死後脳ではレトロトランスポゾンLINE1(L1)の発現異常が報告されているが、L1の発現が正常脳発達に与える影響については分かっていない。L1は異なるゲノムの場所に自分自身をコピー&ペーストする遺伝子の一種である(トランスポゾン)。L1の発現は基本的に低レベルに保たれているが、例外的に脳の神経前駆細胞(神経幹細胞からニューロンへ分化する過程に生じる細胞)と生殖細胞ではその発現が亢進していることが報告されている。また、最近の研究から、L1-mRNAから逆転写されたL1-cDNAが機能性分子として作用することで細胞内シグナルを制御することも分かってきた。そこで、我々は正常脳発達におけるL1の役割をL1-cDNAに着目して解析した。</p><p>まず、脳発達期におけるL1の発現を調べたところ、脳の発達が進むにつれてL1の発現は増加することが明らかとなった。次に、胎生9日目から逆転写酵素阻害剤(3TC)を母マウスに投与することでL1 mRNAからcDNAへの逆転写を阻害し、胎生15日目の胎仔脳における神経幹細胞の増殖能を評価した。その結果、3TCを投与することにより、Sox2陽性(幹細胞マーカー)かつKi67陽性(増殖マーカー)の神経幹細胞の数が増加していることがわかった。そこで、3TC投与による神経幹細胞の増加メカニズムを明らかにするため、Sox2プロ−モーターに下流でEGFPを発現するマウスに3TC投与を行い、EGFP陽性の神経幹細胞を回収しRNA-sequencingを行った。それを利用して3TC投与により増加した遺伝子のGO解析を行った結果、Yapシグナルの下流にある細胞増殖に関連する遺伝子の発現が増加していることが明らかになった。さらに、cGAS-STING経路は細胞内のDNAを認識する主要な経路として知られており、かつこの経路の活性化はYapの活性化を阻害することが報告されていたため、3TC投与により観察された表現型がSTING-KOマウスでも観察されるかどうかを調べた。その結果として、STING-KOマウスでも3TC投与したときと同様に、Sox2陽性かつKi67陽性の神経幹細胞の数が増加していることがわかった。さらに胎生期に3TC暴露されたマウスが成体になるまで待って行動解析を行ったところ、社会性の異常が観察された。以上から、ある程度の内在性DNAの存在は脳の正常発達に必須であり、薬剤あるいは環境変化などでこの内在性DNAが減少した場合、cGAS-STING経路の活性が抑制され、YAPが活性化されることで脳の発達異常が引き起こされた結果、社会性異常が観察される可能性が示唆された。</p>
収録刊行物
-
- 日本毒性学会学術年会
-
日本毒性学会学術年会 51.1 (0), S23-2-, 2024
日本毒性学会