地理学が担う防災教育の意義

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • Significance of Learning Geography for Disaster Mitigation Education

抄録

<p>1. 人工物飽和時代における防災の問題点</p><p></p><p>生活空間が様々な人工物で満たされ,利便性や生産性が高まる一方,人為の加わらない自然と接する機会は減っている。自然から心身が遠ざかれば,自然を認知する力は弱まる。</p><p>大規模な自然災害は,人工物だけでは防げない。しかし,堤防などの人工物による防災が進むと,自然を甘く見るようになり,不用心に陥りやすくなる。目先の効率を追求する風潮が重なれば,ありのままの自然を知ろうとする意欲は削がれ,災害を想定する力は弱まり,未来の安全のために今とるべき行動が起こせなくなる。</p><p>人工物を増やせば,リスク要素も増える。旧河道や急傾斜地の宅地化,埋立地の造成・開発など,枚挙に暇がない。また,人工物の生産過程で排出される二酸化炭素は,気候システムに影響を与え,気象災害を甚大化させうる。</p><p>人工物による自然力の制御には限界があり,上記のような直接・間接の副作用を伴う。このことを自覚し,脆弱な土地を開発しない,リスクの高い場所から移住する等の長期的な対応を含めた,総合的な防災を進める必要がある。</p><p></p><p>2.防災地理教育の必要性</p><p>災害サイクルはライフサイクルより長い。このことが,防災教育を必要とする。地球温暖化や土地開発に伴う災害の激甚化が懸念される現代社会においては,外部からの公的な防災教育の必要性が正当化されよう。</p><p>災害の種類や規模や頻度は,地域ごとに異なる。居住地の災害特性を客観視でき,その場所に適した防災や暮らしを自ら考えることができる人材を育てなければならない。</p><p>第一に学ぶべきは,人工物の少ない時代を生き抜いた地域住民の知恵だろう。知恵の具現といえる「自然災害伝承碑」を地理院地図で探すことから始めるのも良い。あわせて,地形分類図も活用したい。大縮尺の地形分類図を見れば,過去に“地形を変える力”が及んだ範囲(ハザードエリアを示唆)を,面的に把握できるからである(須貝2020など)。そして,地域の災害リスクを下げていくには,地域の自然と社会の仕組みを両睨みできる広い視野を育むことが肝要である。</p><p>これらの課題を達成するには,時空間の階層構造や地生態系概念に基づき,居住地の土地条件を多層的かつ動的に捉える地理的センスが必要である。これを磨くには,(1)フィールドワークによる主体的,総合的な地域の理解(生活圏の地誌とよぶべきもの)と,(2)多様な地理的技能の習得とを相互に促進させる体系的な学習が効果的であろう。(2)では,(a) 観察やヒヤリング・アンケート調査による1次データの取得,(b) 統計・GIS分析,(c)地図表現をパッケージ化したい。</p><p>教育指導者は,地元の自然環境や社会・文化環境を探究し続ける態度を,身をもって示すことも大切だろう。災害激甚化時代を生き抜くための柔軟な発想力を養うには,地理学の基礎の上に立つ実践的な教育が不可欠である。</p><p></p><p>3.自然との関係の再構築の場としての防災地理教育 </p><p>自然は,不断の生命維持装置であるにも関わらず,突如として凶器と化す。いつの時代を生きる人間にとっても,自然はアンビバレントな,未知なる要素を含んだ存在である。</p><p>しかし,あまりにありふれた自然や稀な自然は,意識されにくい。産業革命以降,人間は自然の一部として生かされているという事実すら,忘れられてきたように思われる。</p><p>防災地理教育は,地域の自然環境に適した生活を再考し,人間と自然との関係の再構築に貢献するために,</p><p>1)地元を歩き,身近な自然の恵みを再発見する</p><p>2)被災地をたずね,自然の猛威を追体験する</p><p>3)時空間軸を広げ,今ここでの生活を相対化する</p><p>3要素を調和的に結合する工夫が必要である。1)は,自己の世界観の確立につながる(須貝2018など)。2)は,身近に潜んでいる災害の芽に気づかせてくれる。3)は,地域社会と自然環境との多面的で歴史的な関係を理解する助けとなる。郷土の自然や文化と親しみ,災害を生き抜いた先人に敬意を払い,良き習慣を身につけ,自然に対する畏れを取り戻す,全人的教育の一環としての防災教育を展開すべきだろう。</p><p></p><p>文献:須貝(2018)科学88,148-152. 須貝(2020)地理65,84-91.</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390850475731094272
  • NII論文ID
    130008006638
  • DOI
    10.14866/ajg.2021s.0_24
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ