生態系サービスから考える海岸マツ林の利活用

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  • Utilization of Coastal Pine Forests from the Perspective of Ecosystem Services

抄録

<p>Ⅰ はじめに</p><p> 本州・四国・九州における主な海岸マツ林は,海岸部の集落・田畑に対する防災・減災を主目的として,近世以降,藩や有力農民,行政によって計画的に造成・管理されてきた.海岸マツ林は,同時に周辺住民によっても,高度経済成長期まで生活燃料や肥料などの資源供給地として利用されてきた.その後,住民による利用とそれに伴う人為的攪乱が減ると,植生遷移や激害型感染症(マツ材線虫病)によるマツ枯れが拡大した.しかし近年,景観上の変化への憂慮や環境意識の高まりにより,海岸マツ林の意義の再評価と,管理・保全の活性化,新たな形での利活用の模索が広く行われるようになった.本報告では,海岸マツ林をグリーンインフラととらえ,そこで行われる利活用の内容や背景を概観する.そのうえで,その意義や影響を,生態系サービス(①供給,②調整,③生息地・基盤,④文化的)という観点(一ノ瀬2021)から考察する.</p><p></p><p>Ⅱ 利活用の内容とその背景</p><p> 海岸マツ林の利活用には,保全活動で発生する落葉落枝や松かさなどの副産物を活かすタイプと,マツ林そのものを利活用のフィールドとするタイプとに大別され,それらが両立する場合もある(岡田 2020; 児玉 2021).</p><p> 前者の例として,保全活動で発生する副産物を堆肥や炭,燃料,あるいは加工して洗剤や化粧品,食品などの商品に再資源化したり,アート作品の材料にしたりすることが挙げられる.</p><p> 後者の例として,ウォーキングや散歩,自然観察や保全活動などを通した公教育や私教育,アート,スポーツ,その他遊びが挙げられる。その場合の主体は,個人から住民・市民団体,そして自治体や学校など幅広い.林内の生態系に親しんだり,自由な発想で遊んだりすることを通じて,海岸マツ林の機能や重要性を理解することにもつながる.</p><p> 以上のような海岸マツ林の活発な利活用の背景を立場に分けて考える.まず,住民・市民の立場では,かつて資源採集の慣習があった時代とは異なり,松葉かきや下刈り・集草などを通した林の保全そのものが自己目的化する可能性のある現代において,終わりなき任意による人為的攪乱を持続させる動機づけや楽しみが必要となるためと考えられる.加えて,保全活動の参加者の確保につなげるためでもある.</p><p> 一方,行政や企業の立場では,海岸マツ林を地域の象徴として位置づけた地域活性化や,エシカル消費や企業の社会的責任(CSR)に対応した新たな商機が見いだされたためと考えられる.とくに地方自治体では,農林系とは異なる産業振興系などの部署が担当することも多い.</p><p></p><p>Ⅲ 利活用の意義・影響</p><p> 海岸マツ林の活発な利活用の現状を,生態系サービスという観点から考える.高度経済成長期以降,住民・市民から見放されてきた海岸マツ林に再び注目が集まることで,生態系減災(Eco-DRR)を中心とする②調整サービスや,より広く③生息地・基盤サービスのみならず,保健・休養を含む④文化的サービスもより広く理解される好機となることが期待される.</p><p> 一方で,留意すべきこともある.現代の利活用のあり方は周辺住民による生活と密接に関連していた頃とは大きく異なり,全国企業も含めて一部に市場化の動きもみられる.それに対応して,現代において少しでも①供給サービスとしての経済的価値を海岸マツ林に見出し,利益の一部を海岸マツ林の管理・保全に充てるなどの循環的な仕組みの構築も目指されている.しかし一般に,経済的なメリットがない限り企業による長期的な関与は期待しにくい.加えて,そもそも多面的な公益的機能を果たす林で私的利益を得ること自体の是非や,権利上の課題も残る.</p><p> 海岸マツ林は,海と人間の生活圏の間にある緩衝地帯であり,②調整サービスが第一の機能である.①供給サービスや④文化的サービスとしての利活用は,あくまでも従たる機能であることに留意が必要であろう.ただし,むろんこれは管理者側からの視点であって,利用者としての住民・市民の側からは,自らも②調整サービスの受益者であるとはいえ,認識されづらい.海岸マツ林の管理にあたっては,①供給サービスや④文化的サービスの利用者である住民・市民に等しく公平に開かれて,かれらの自由な発想が可能な限り尊重されると同時に,海岸マツ林による②調整サービスや③生息地・基盤サービスが損なわれずに発揮されることの両立が求められる.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390862809659613824
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_17
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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